21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

小説

Alaa Al Aswany "The Yacoubian Building"(1)

"Would you be willing to write disclaimer?" "A disclaimer?" "That's right. I'll agree to publication if you write a disclaimer in your own handwriting condemning what the hero of the novel says about Egypt and the Egyptians." "Very well."(…

Kazuo Ishiguro "Never Let Me Go"

「いいこと教えようか、キャス。ヘールシャムでサッカーをやってたときな、おれには一つ秘密があった。ゴールを決めるだろ? そうしたらこういう恰好で振り向いてな……」トミーは歓喜のポーズで両腕を突き上げました。「で、仲間のところへ駆け戻るんだ。わけ…

村上春樹『1Q84』 BOOK1第9章「(青豆)風景が変わり、ルールが変わった」

もし人生がエピソードの多彩さによって計れるものなら、彼の人生はそれなりに豊かなものだったと言えるかもしれない。(第8章) さて、日本で話題になっている、のかどうか本当のところは見てないから定かではないが、とにかく『1Q84』を借りることがで…

堀江敏幸『雪沼とその周辺』 第二話「イラクサの庭」

雪は好きなのに雨が苦手なんて、妙なことでしたな。(46ページ) 徹底的に研ぎ澄まされた聴覚の後は、味覚の話。東京での料理教室を閉めて、フランスの匂いを田舎町に持ち込みながら、ちいさな料理店兼教室を開いた小留知先生の、突然の死のあとの町の人びと…

堀江敏幸『雪沼とその周辺』 第一話「スタンス・ドット」

ただひとつ確かだったのは、ハイオクさんの投げた球だけが、他と異なる音色でピンをはじく、ということだ。ピンが飛ぶ瞬間の映像はおなじなのに、その一拍あと、レーンの奥から迫り出してくる音が拡散しないで、おおきな空気の塊になってこちら側へ匍匐して…

V.スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』 第5章「オーストラリア英語の話し方」

彼女が心からそう言っているのか、映画のセリフを引用しているだけなのか、僕には分からない。(「悲劇の女王」) さて、言わずと知れた「スラムドック・ミリオネア」の原作本だが、小説としていい出来とは言い難い。クイズと、インドの貧しい少年の人生を並…

横山秀夫『震度0』

さて、ここのところ3冊ばかり、横山秀夫のミステリーを読んだのだが、彼の作風は(筒井康隆+都築道夫)÷2なのではないか、と思うに至った。おそらく都築道夫は『ルパンの消息』の設定から、そして筒井康隆はこの『震度0』の書きぶりから、そんな無責任な…

堀江敏幸『いつか王子駅で』

なすべきことを持たずに一日を迎え、目の前に立ちふさがる不可視の塊である時間をつぶすために必要な熱量は、具体的ななにかを片づける場合よりはるかに大きい。いま私がひどく不機嫌になりかかっているのは、この目的のない純粋な暇つぶしというう美しい行…

馳星周『不夜城完結編 長恨歌』

やあ、20そこそこのオレ、元気かい? キミは気分が鬱になると、馳星周の小説を読む性癖があるね。とくに『不夜城』は、ドラマチックかつ人間不信度合いが全開で、お気に入りだね。そんなに世の中が信用できないのかな? そんな『不夜城』もついに完結編の…

伊坂幸太郎『重力ピエロ』

帰省している間、携帯で更新していたのですが、カテゴリ分けなどうまく編集できない部分が残ってますね。 それはさておき、『重力ピエロ』は、宮部みゆきの『クロスファイア』に似たテーマ性を持つ作品と言えるだろう。だが、イマイチ感情移入できないのは、…

東野圭吾『容疑者Xの献身』

ドストエフスキーが描こうとした「もっとも美しい人」ムイシュキン公爵は、必ずしも完璧に美しくないからこそ、美しかった。東野圭吾が描こうとした完璧な愛は、数学のように一点の曇りもないからこそ、うさん臭い。 いきなり暴言を吐いてしまったが、この作…

Ⅰ.マキューアン『贖罪』 第三部

人間とは、まず第一にひとつの物体であって、たやすく裂けるが修復は難しいのだ。(下巻192ページ) 第一部でマキューアンが描いたドラマが、できそこないのパロディのようなものであるとしたら、第二部の戦場、第三部の病院を描くこの筆は一体なにものによ…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第十話「アイロン頭」

彼は相手のまばたきの頻度によって、どんな種類の涙が流れているのかを聞き分けることができ、どんなふうになぐさめてあげればいいのかを心得ていたのだ。(「聖歌」) アイロン頭はカボチャ頭の両親には愛されていたが、学校では友達ができず、仲間のアイロ…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第七話「果物と果実」

神さまが作家の頭に拳銃をつきつけた。 ルールを決める、と神さまがいった。今後は一語たりとも書いてはいけない。書いたら撃つよ。いいか? 神さまは東海岸の訛りで話、ギャングみたいにドスが利いていたが、しわだらけのその顔は弱々しくてエーテルみたい…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第六話「マザーファッカー」

その日二人が愛し合ったときそれはあるべき姿に一歩だけ近づいていて彼女は終わってからワインを持ってきて二人は腰をおろし緑色のカーテン越しに、裸のまま、深いおなかをしたワイングラスを手にして日没を見つめたのでした。緑は暗くなり黒になった。彼は…

黒川創「かもめの日』 

ここに「かもめ」が加えられたという事実のなかに、少なくとも、ソ連空軍当局によるジェンダー・イメージの投影がうかがえよう。言うまでもなく、「かもめ(チャイカ)」は女性名詞なのである。(6ページ) 登場人物の一人、あまり売れない作家である瀬戸山…

ねじめ正一『荒地の恋』 第十三章

そう、俺は君を生きなかった。だから罰は惨い方がいい。君を生きなおすことはもうできないのだから。俺は君を捨てたのだから。(「すてきな人生」) 『荒地の恋』は非常によくできた小説であるが、それはやはり20世紀という時代へのオマージュ、というよりは…

ねじめ正一『荒地の恋』 第二章

人間だれしも躁と鬱のあいだを行き来しているのであって、五月の連休が終わったころなど、どうしてもウツになってしまうが、会社勤めをしていればその鬱な気分にひたすら塗れる、といった贅沢なこともできず、「ああウツだなあ」と思いながら、とりあえず会…

村上春樹『東京奇譚集』

たぶん21世紀を代表する作家のひとりである、村上春樹の短篇小説集なのだが、正直なところ非常に単純な怪談話である。それは、ドッペルゲンガーだったり、幽霊だったり、神隠しだったりするが、とくにこれといった展開もなく、普通に物語が終わっていく。…

古井由吉『白暗淵』 第十一話「潮の変わり目」

どこぞで続いていた工事の鳴りをひそめた際でも、表の通りの車の往来がまれに途切れる隙(ひま)でも、音の変わり目の内に悟りの境はあり、したがって人はいつどこででも悟れそうなものの、そなわるのは悟りの下地ばかりで、中身はたいてい空白のままに留ま…

古井由吉『白暗淵』 第九話「餓鬼の道」

ある夜の寝覚めには、わなわなと両手を伸べる子供の姿が見えて、間違いなく幼い自分の、あたり一帯の焼き払われた夜の城見かける頃に道端に坐りこんでいると行きずりの避難者の女性から恵まれた、握り飯を受け取る姿にほかならず、ああして手を差し出してい…

古井由吉『白暗淵』 第六話「白暗淵」

文学というのは、カジュアルな話題に向かない。そもそも、同じ読書体験を共有している人を探すのが大変だし。興味もない人を前に、深刻な顔をして知識を垂れ流すのも気色悪い。やはりサラリーマンの話題の王道はプロ野球だろう。と、いうわけで、文学の話は…

古井由吉『白暗淵』 第一話「朝の男」

街は躁がしいようで実は無音の境に入りつつあるのではないか(「地に伏す女」) 期待して読みはじめた古井由吉の連作短篇の、ひとつのテーマは「音」、あるいは「無音」であるようだ。世界は乱雑な音に満ち溢れているようであっても、その実沈黙している。そ…

I.マキューアン『土曜日』 第四章

そろそろ始まるテレビニュースが引力のように誘惑するのだ。世界との関係を絶やしたくないという衝動、全世界を覆う不安の共同体の一員となりたいという衝動は現代の病だ。ここ二年でその習慣はいっそう強まり、生産克視覚的衝撃の大きい場面が繰り返される…

I.マキューアン『土曜日』 第一章

高価な車と同じで、脳というものは精巧だがやはり大量生産品であり、六十億個以上が現在出回っている。(第二章) イアン・マキューアンの『土曜日』の第一章は、「土曜日という不思議なオブローモフ」について書いた章である。常人の十倍くらいのスピードで…

奥田英郎『空中ブランコ』

『キン肉マン』という作品にこめられたメッセージが、「友達を大切にしよう」であるように、奥田英郎『空中ブランコ』にこめられたメッセージは、「がんばらなくていいよ」である。空中ブランコのフライヤー、ヤクザ、医者、プロ野球選手、女流作家といった…

劇団ひとり 『陰日向に咲く』

「読んでから観るか、観てから読むか」という、実際のところなにが言いたいのかよく分からないカドカワのコピーがあったが、本書は映画「陰日向に咲く」(平川雄一朗監督)を観て、そのあまりの完成度の高さに感動して購入した。原作本は映画に比べ、格段に…

J.M.クッツエー 『エリザベス・コステロ』第六章

よい解説のついた翻訳小説に出逢ったとき、読書感想文はどうしてもそれに引きずられざるを得ない。訳者の鴻巣友季子さんは、本書の解説で以下のように述べる。「作家にとって最もおそろしい地獄、あるいは煉獄とはどんなものか? コステロにとって、それはク…

J.M.クッツェー 『エリザベス・コステロ』第四章

名作『エリザベス・コステロ』の第四章「悪の問題」は、ナチスの戦争犯罪に関する講演、という茶番劇を描いている。コステロはアメリカのカレッジで、ナチスの大虐殺は日々世界で起こっている家畜の虐殺と大差ない、と言ってしまったのだ。(モリッシーを聴…

J.M.クッツェー 『エリザベス・コステロ』第三章に関して

ジョン・マクスウェル・クッツェーの作品を、「ポストコロニアリズム」という、それ自体が支配者意識に満ちた視点で語ることの是非はさておき、『エリザベス・コステロ』は、南アフリカの作家が、オーストラリアの作家を主人公にして描いた見事な小説である…