21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2008-07-01から1ヶ月間の記事一覧

杉浦日向子とソ連『もっとソバ屋で憩う』 (二)

坦々麺はもともと天秤棒に「担」いで売りにきたのがはじまりで、労働者のスタミナ食だったらしい。東南アジアの屋台食はじめ、露店のファーストフードにはスタミナ食が多い。しかし、江戸の露店食ソバは明らかにスタミナ補給に向いていない。杉浦日向子氏は…

杉浦日向子とソ連『もっとソバ屋で憩う』

ひたすらうまいソバ屋を紹介し、午後2時から昼下がりを憩うべきことを喧伝する書物。文体がすべて同じなので、途中まで全部杉浦日向子が書いているのだ、と思っていたが、よくよく見れば共著であった。それよりもなによりも、「ソバ屋」という中途半端な表…

A.ベンダー『燃えるスカートの少女』 第五話「マジパン」

彼はきみはいまでもおれの物か? 俺はいまでもきみを愛しているけれど、きみはおれを愛しているの? と訊いた。それで私は、私はあなたの名前すら知らないしそれをいうなら姓だって知らないし、それにあなたは私たちの愛を海にぽちゃりと落としちゃったんだ…

7月27日付 新聞書評メモ

【日本経済新聞】 ☆高山宏評 ミシェル・ド・セルトー『ルーダンの憑依』(矢橋透訳 みすず書房) かなり古い本。そして「アナール学派」という名前は昔から聞きながら、その実何なのかよく分からない学派の本らしい。だがもともと同一のものだった「ファクト…

A.ベンダー『燃えるスカートの少女』 第三話「溝への忘れ物」

彼女は指のあいまから土をはらはらと積み重ねたセーターの上に降らせた。土は脇にこぼれ、ゆっくりと穴の空間をみたし、カラフルな袖を覆っていった。死んだセーターたち、と彼女は考えた。なんだか笑える、こんなことになるなんて。(41-42ページ) エイミ…

7月20日付 新聞書評メモ

【日本経済新聞】 ☆郷原信郎評 細野祐二『公認会計士VS特捜検察』(日経BP社) 粉飾会計事件に関わったとされる会計士が書いた本、で、このタイトルとなれば『国家の罠』的なものを想像してしまう。あそこまで、大上段に振りかぶれているだろうか?☆富山太佳…

倉田英之『倉本 倉田の蔵出し』 第四章

倉田さんというのは、アニメの脚本とかライトノベルとかを書いている人らしいのだが、どちらにも興味がない私にとっては縁が薄い。(余談だが、中学生くらいから、アニメのなにかと線の細い感じが気持ち悪くなって、全然見なくなってしまった。大好きな「グ…

J.D.サリンジャー『九つの物語』 第六話「エズミに捧ぐ」

ホテルにはニューヨークの広告マンが九十七人も泊り込んでいて、長距離電話は彼らが独占したような格好、五〇七号室のご婦人は、昼ごろに申し込んだ電話が繋がるのに二時半までも待たされた。(「バナナフィッシュにうってつけの日」) ふらふらしたところに…

J.D.サリンジャー『九つの物語』 第三話「対エスキモー戦争の前夜」

それは相手に聞こえたと見えて、彼は左足を窓際の腰掛にのせ、水平になった腿の上に怪我した手をのせた。そしてなおも下の通りを見続けていたが、「奴らはみんな、徴兵委員会へ行くとこなんだぜ」と、言った「こんだエスキモーと戦争するんだ。知ってるか、…

柳下毅一郎『興行師たちの映画史』 第四章

本書の最も重要な主人公は、トッド・ブラウニングである。カーニバルの旅芸人ブラウニングは、ヴォードヴィル、コメディ舞台の世界で名をあげ、やがて映画の世界に入るが、交通事故により芸人としての人生を終え、映画監督となる。はぐれものたちの鬱屈と哀…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 エピローグ

もう遊びの時間は終わったのだと、私の耳元で誰かが囁いていた。一杯のコーヒーを前にジャズの難解さを理解しようと耳を傾けたり、ユートピアを巡って終わりなき対話を続けるような時代は、政治の季節の凋落とともに幕を下ろしてしまったのだと。60年代には…

柳下毅一郎『興行師たちの映画史』 第一章

見せることこそがエクスプロイテーションの目的である。そこには抑制の美学はない。 柳下毅一郎の文章は、きわめて扇情的なテーマ(殺人、見世物)ばかりを扱いながら、非常に格調高い。とくに、「見世物」こそリュミエール兄弟以来の映画の源流であると説く…

7月7日 新聞書評メモ

新聞買いにいけないので、減量ですが。【日本経済新聞】 ☆鈴木竜太評 高橋克徳ほか編『不機嫌な職場』(講談社現代新書) R・I・サットン(矢口誠訳)『あなたの職場のイヤな奴』(講談社) 成果主義になって、職場にわがままな奴が増えたことにより、職場が…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第五章

どうしてもこの本は1970年前後の文化を紹介する本に見えてしまう。著者本人が「このエッセイの中心」、とする高校のバリケード封鎖に、今ひとつドラマを感じられないからだ。 そうすると、この本は文化史の一冊として、尋常ではない魅力を放つ。一人の高校生…

柳下毅一郎『殺人マニア宣言』 第三章「おかしな世界」

「おかしな世界」とはアメリカのことである。「殺人」を趣味として楽しんでしまう柳下氏は、殺人に国民性を見る傾向があるらしい。第三章ではアメリカの「おバカ」が語られるが、犯罪を抑止するための犯罪博物館を作っているのに、犯罪マニアの心をくすぐら…

柳下毅一郎『殺人マニア宣言』 第一章

アメリカ人なら誰でも「リジー・ボーデン斧とって」の歌は知っている。だが、実際にリジーが何をしたかと問われたらたいていは口ごもるだろう(いわんや日本人をや)。ましてや彼女の出身地となると。だが、町の方は覚えている。(21ページ) 本田透の著作を…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第十話「アイロン頭」

彼は相手のまばたきの頻度によって、どんな種類の涙が流れているのかを聞き分けることができ、どんなふうになぐさめてあげればいいのかを心得ていたのだ。(「聖歌」) アイロン頭はカボチャ頭の両親には愛されていたが、学校では友達ができず、仲間のアイロ…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第一章

とりあえず次の引用をはやく皆さんに読んでほしくて。これはひとつには、中学校で受けた厳格な音楽教育が影響していた。多田逸郎という音楽教師は日本で有数のリコーダー演奏家であり、授業の始めにはかならず生徒たちを起立させ、「真に偉大な音楽とは」と…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第七話「果物と果実」

神さまが作家の頭に拳銃をつきつけた。 ルールを決める、と神さまがいった。今後は一語たりとも書いてはいけない。書いたら撃つよ。いいか? 神さまは東海岸の訛りで話、ギャングみたいにドスが利いていたが、しわだらけのその顔は弱々しくてエーテルみたい…