21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

黒川創「かもめの日』 

ここに「かもめ」が加えられたという事実のなかに、少なくとも、ソ連空軍当局によるジェンダー・イメージの投影がうかがえよう。言うまでもなく、「かもめ(チャイカ)」は女性名詞なのである。(6ページ)

 登場人物の一人、あまり売れない作家である瀬戸山は、チェーホフの妹マリアがフルシチョフに手紙を書き、テレシコワの「わたしはカモメ」が、失敗した茶番劇であると伝える、という体裁の短篇小説を書いたことがある。これまた売れないアナウンサーである妻の千恵は、FMラジオに出演しているが、この小説が好きなディスクジョッキーの意向で、瀬戸山は毎週一話完結のラジオ・ドラマを書くことになる。この三人の人間関係を軸に、(あるいは、FM局を軸に)、衛星的にほかの物語は回っていく。
 チェーホフを思わせる、上品に組み立てられた小説、ではあるのだが、ときおり派手なエピソードが見え隠れするだけに、かえって小説として地味になってしまった。テレシコワにまつわるモチーフ、そして昭和、というエッセンスを上手にちりばめたエピソードは十分に魅力的でも、その実、この小説が何を書いているのかはよく分からない。惹きつけられるところが多かっただけに、いささか欲求不満ではある。

(『かもめの日』 新潮社)