21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧

N.F.ケーン『ザ・ブランド』 第二章「ジョサイア・ウェッジウッド」

ジョサイアは、多くのイギリス人が前の世代より豊かになり、非必需品や贅沢品に金をかけるようになったことに気づいた。そして、この消費のほとんどが、社会的な模倣によるものだということを知っていた。現代の消費者と同じく、一八世紀のイギリス人も自分…

古井由吉『山躁賦』 「鯖穢れる道に」

なにかいいことがありましたか、と宿の主人にたずねられて苦笑させられた。言われるとなにやら肌が穢(な)れて臭(にお)うような気おくれがした。旅行も四日目になればこんなものだ。勝手に遊んでいれば心身がおのずからぐったりと、たがいに馴れあう。(1…

大塚和夫責任編集『世界の食文化10 アラブ』第一章一「歴史的シリア」

数あるスフィーハの中でも絶品なのは、レバノンのベカー高原のバァルベックで作られる「スフィーハ・バァルベキーエ」である。パン生地は直径五センチほどの丸い形にまず分けられるが、真ん中に塩と香辛料の下味が付けられたヒツジの挽き肉とトマトとタマネ…

カズオ・イシグロ『夜想曲集』 「降っても晴れても」

「エミリが知ったら、おまえは金玉鋸挽きの刑だ」(70ページ) 読んでいて疲れる短篇と、疲れない短篇とあると思うのだが、カズオ・イシグロの『夜想曲集』はそれを交互にくりかえす形でできていて、この「降っても晴れても」は疲れる方に属する。べつに疲れ…

J.コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』 「パリにいる若い女性に宛てた手紙」

夢だということは自分でもよく分かっていた。ただ、あの匂いだけがなじみのない、なにか異質な、夢の中の遊戯と関わりのないものに思えて、彼をひどく苦しめた。(「夜、あおむけにされて」) いささか暴走気味だということは自覚しながら、書けるときに全部…

古井由吉『山躁賦』 「静こころなく」

そういって男は笠の縁に手をかけ、かたわらの、桜とも思えぬけわしい枝張りの枯木を仰ぐと姿がやさしくなり、風を慕って、ゆるやかに身をめぐらし本堂のほうへ向きなおり、杖は置かずに片手で深く礼拝して、ふっとまた起こした目を堂の背後に黒々と重なって…

古井由吉『山躁賦』 「千人のあいだ」

牛蒡はキク科だと人に教えられたことを、なるほどと香りから合点した。精進料理というものはあんがい、濃厚な食物なのかもしれない。この胡麻豆腐の味はどうだ。醍醐味の醍醐とは酪乳、チーズのことだそうだが、まさにその味をなずらえているではないか。(7…

古井由吉『山躁賦』 「無言のうちは」

われわれの栖は、山の上から見れば、どれも霊園みたいなものだ。ああだこうだ騒ぎながら、夜ごとに往生している、先祖になっているのかもしれない。(16ページ) 『山躁賦』の第一章は、病みあがりの語り手が、叡山にむかう場面から始まる。印象的なのは病の…

W.S.モーム『モーム短篇選』 「マウントドレイゴ卿」

以上纏めてみると、彼には人気のある政治家として成功する資質が豊富にあったのだ。ただし、残念ながら大きな欠点もあった。 ひどい俗物だった。(66ページ) きのう上巻について書いたので、きょうは下巻のことを書こう。『コスモポリタンズ』をはじめとす…

柳井正『一勝九敗』

現代人は情報によって行動することが多い。良い商品をおいておくだけでは売れない。どこがどのように「良い」のか、このプライスで、どこで、いつから売っています、とちゃんと告知しなければいけない。ユニクロ一号店を回転した二十年前と今とでは、世の中…

村上龍×経済人『カンブリア宮殿1』 (3)

家賃の支払いのために銀行を訪れていて、待ち時間に『週刊ダイヤモンド』のツイッター特集を読んでいたのだが、こういうのを読むと何となく自分の人間観がゆらぐのを感じる。 また、これも何かのビジネス雑誌で読んだのだが、ジャック・アタリという人は、人…

W.S.モーム『モーム短篇選』 「ジェーン」

でも常識は関係ないわ。私の魂が反逆しているの。(「環境の力」) 岩波文庫『モーム短篇選』の上巻には、モーム個人史の年代的に言って比較的古めの作品が収められており、わりと文学的には単純な話の集まりである。実家が破産し、結婚の資金を稼ぐための業…

村上龍×経済人『カンブリア宮殿1』(2)

今日、なぜかふと思いついたのだが、出版不況はポストモダン批評のせいではないか。物語を純粋に楽しむ気持ちも、作家の生涯に対する下世話な興味も封じられ、書き手としてもがんじがらめにされた結果、コンテンツの魅力が失われてしまったのだ。これを、か…

堀江敏幸『子午線を求めて』 「忘れられた軽騎兵」

主客のはっきりしない関係を語り手に要求するこの女性は、「ケチャップの創始者ロベール・ハインツの曾孫のそのまた孫」だと言い張っていたのだが、遺体の身元を調査していた現地警察とインターポールの手によって、どこにも存在しない身元不明の人物と断定…