21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

ミステリをたくさん読む(20年7月)

 大阪の知事と市長がテレビを使って全力でデマを撒き散らしたにも関わらず、市民がリアルタイムで「頭悪くね?」という会話をしているのを見て、ネットって実は素晴らしいものではないか、と思った今日この頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 夏休み。一日23.5時間くらい家にいて、子供の世話と家事以外は本を読んで過ごしている。お金の配分に興味を持って財政の本をいろいろ読んでいたら、『ルワンダ中央銀行総裁日記』という素晴らしい本に出会った。「こんなの高校生時代に出逢ってたら、ロシアじゃなくてアフリカ行ってるわ」と思っていたら、Twitterで「リアル異世界転生なろう系」として話題になったんだそうな。なるほど異世界転生って興味を持って見てなかったけど、みんなこういう「フロンティア感」を求めて読んでいるのか。

 それはさておき、ミステリの話。高山羽根子さんの受賞で興味を持って、久々に現代文学とか読みはじめてしまったので、ミステリは7冊。

 

桐野夏生『天使に見捨てられた夜』(講談社文庫)★★★★☆

桐野夏生『顔に降りかかる雨』(講談社文庫)★★★★☆

仁木悦子『粘土の犬』(講談社文庫)★★★★☆

降田天『すみれ屋敷の罪人』(宝島社文庫)★★★★☆

ロジャー・ホッブス『ゴーストマン 時限紙幣』(田口俊樹訳、ハヤカワ文庫)★★★★

エラリイ・クイーン『災厄の町』(越前敏弥訳、ハヤカワ文庫)★★★☆

池井戸潤『架空通貨』(講談社文庫)★★★

 

 桐野夏生の村野ミロものを追いかける。ミロさんはD通と思しき銀座の広告会社に勤務していたが、東南アジアに駐在していた夫の自死をきっかけに会社を辞め、父が営んでいた探偵事務所のあとに住んでいる。『顔に降りかかる雨』では、さまざまの不在とともに物語が始まるが、『長いお別れ』式のストーリーラインの結果、ミロさんは何を得るでもない。この喪失感はのちの『ダーク』に直結するが、『天使に見捨てられた夜』ではミロさんは職業探偵をしており、こちらはルーキーの物語として『女には向かない職業』に近い。トモさんや父親など、結構いちばん助けてくれる人が多い作品のように思う。ミステリとしての出来もいいし、ハードボイルドファンとしては後者の方が好きなのだけれど、村野ミロものの作品性としては『雨』→『ダーク』の方が本質的なのかな。

 『粘土の犬』は現代ではもうできない短篇の書き方だなあ、とは思うけれど、サイコパスものとして圧倒的な面白さ。降田天の『すみれ屋敷』も、そこそこ無理のある話ですが、冒頭のウェッジウッドのエピソードが強烈で、作品世界に惹きこまれるので、これくらいのことは有り得るかも、という気にさせてくれる。

 翻訳ものの『ゴーストマン』は犯罪組織の設定や、古典文学をラテン語で読み、翻訳を趣味とする主人公がものすごく魅力的だったんですが、ピンチをとりあえず潜り抜けるだけのプロットに途中から飽きてしまった。『災厄の町』も導入が魅力的だっただけに、刺激の少ないプロットで、長さを感じてしまう。

 池井戸潤の『架空通貨』はビットコインとかの仮想通貨ものと思いきや、変な地域通貨を発行して地元を支配している企業の話。島田雅彦の『悪貨』とかと並べて読むのがいい作品です。

経済小説マストリード100を作る(20年第二四半期報告)

 コロナの自粛中は御多分に漏れず私もSNSを見る機会が多かったわけだが、時折、「文学プロパーの人って程度低いのかな」と、暗澹たる気持ちになることがあった。

 たとえば「人の命と経済とどっちを優先するんだ」という主張を、けっこう頭がいいと思っていた教授の人とかがしていたのだが、経済と生活はほぼ同義なのだから、それと人の命を分けて考える意味が分からない。感染対策と経済対策と、どちらが生活を守る上で有効か考える、というのが本来で、国民のことを考える時間が短そうな安倍さんですら、家で犬と戯れていない時はその軸で考えていると思うのだが。

 また、「オリンピックなど止めてしまえ」と軽々に言う作家も多かった。「冷静に考えて、来年の開催は難しい」というのなら分かるのだが、ほぼ「リア充爆発しろ」みたいな感覚で言っている。「本屋がクラスタになるから、紙の本の販売は全て差し止めて、電子書籍のみでよろしく」くらいの暴力的な発言なのだが、その辺自覚している様子はない。

 だからというわけでもないけれど、経済のお勉強中。とはいえマルクスケインズも買っただけでまだ読めていないですが。

 小説の方は新たに7冊。まだ基準確立したとは言い難いが、小説としての面白さ50、経済的思考の面白さ50くらいで星もつけてみる。(だからミステリの時と同じ本でも評点が違う可能性はある)

 

村上龍希望の国エクソダス』(2000年、文春文庫)★★★★★

橘玲『永遠の旅行者』(2005年、幻冬舎文庫)★★★★☆

幸田真音『日本国債』(2000年、角川文庫)★★★★

島田雅彦『悪貨』(2010年、講談社文庫)★★★☆

高杉良『呪縛 金融腐食列島Ⅱ』(1998年、角川文庫)★★★☆

幸田真音『バイアウト』(2007年、文春文庫)★★★

※年代は文庫版ではなく単行本発行年

 

 やはり『希望の国エクソダス』が抜群だった。思考実験の厚みが他の作品とは比べものにならず、とくに新自由主義が日本に本格的に入ってくることの精神的影響について、主人公の恋人が語る懐石料理のくだりは抜群だと思う。十四歳の革命家たちもそんなにキッチュにならずに描かれているので共感できるし、希望というワードが、これが書かれた今世紀初頭から現在まで刺さりまくる。村上龍と経済との関わりはその後カンブリア宮殿になってしまったが、またこういう作品書いてほしいなあ。

 『永遠の旅行者』もある種の革命家もので、幼い頃「大誘拐」の映画にハマった身には刺さる。『ハゲタカ』にも似たような要素があるが、ハードボイルドの進化系、というか延命措置としての経済小説とのハイブリッド作品として、私の知る限りではベストでもあり、橘さん新書っぽい本より小説の方が面白いので、この路線で書いてほしいのだが売れないのだろうか。

 幸田真音を二作。『日本国債』は国債取引の脆弱性をつかれた場合のパニック小説として、とても意義があると思うし、書かれた時の数倍に残高が増えた現在に続編を書いてほしい。ただ、この人の作品、主人公がインサイダーに関わる描写が多く、弱者が強者と相場で闘う以上しょうがないのかも知れないが、いくらなんでも罪悪感なさすぎじゃない?と思うことはある。

 島田雅彦の『悪貨』は、資本主義の超克を目指すコミューンと、大規模な偽札事件を絡めた作品で面白かったのだが、後半になってFRBが量的金融緩和をしているのはユダヤ金融資本を利するためである、とかちょっと頭悪い感じになってしまった。頭悪いのはいいとしても、ユダヤとか言ってしまうと差別だもの。

 『呪縛』に関しては面白いんだけれども、これ前作の後半で読んだやん、と思ったので点数を低くした。

 

(星5)『希望の国エクソダス』『金融腐食列島』(星4.5)『永遠の旅行者』『オレたち花のバブル組』(星4)『オレたちバブル入行組』『日本国債』『マネーロンダリング』(星3.5)『悪貨』『呪縛』(星3)『バイアウト』『レッドゾーン』

ミステリをたくさん読む(20年6月)

 最近、主なタスクがデジタル系なので、「必要なければ出社しないでいいよ」と言われると、全く会社に行かないでいい状態が続いている。ホワイトワーカーのWork From Homeいいよね、主に読書量を増やす上では、などと思う今日この頃、ミステリは全部で9冊。

 

アントニイ・バークリイ『毒入りチョコレート事件』(高橋泰邦訳、創元推理文庫)★★★★★

桐野夏生『ダーク』(講談社文庫)★★★★★

仁木悦子『赤い猫』(講談社文庫)★★★★★

藤原伊織『テロリストのパラソル』(角川文庫)★★★★★

ローレンス・ブロック『バランスが肝心』(田口俊樹編、ハヤカワ文庫)★★★★

ヘニング・マンケル『目くらましの道』(柳沢由美子訳、創元推理文庫)★★★★

橘玲『永遠の旅行者』(幻冬舎文庫)★★★★

仁木悦子『日の翳る街』(講談社文庫)★★★★

深町秋生アウトバーン』(幻冬舎文庫)★★

 

 『毒入りチョコレート事件』は好みのタイプ。頭が論理でできていないので、議論を追いながら論理を組み立てられる、複数の推理が提出されるタイプのミステリが好きなのかも。この作品の語りの仕掛けは本当に上手で、名作と言われるだけのことはある。

 日本のハードボイルドが四作ばかり。藤原伊織の『テロリストのパラソル』は日本の正統派ヒーローものとして、プロットの巧みさが極地に達しているのでは。もちろん大枠は『長いお別れ』な訳で、爆発は『百舌の叫ぶ夜』という先行作品もあるわけだが、ディテイルの積み重ねから真相に近づいていく書き方が素晴らしい。新宿のホームレス周りのイメージは、翌年のベストセラー『不夜城』や、ガリレオシリーズのアレにも影響を与えていると思うし、作家自身が影響を公言している塩田武士『罪の声』も物語の構造は近い。で、この正統派と真逆をいくのが桐野夏生『ダーク』で、『パラソル』がアル中の堕ちたヒーローとか、過去との邂逅とか、やたらモテるとかアッパーな要素が満載なのに対し、ダウナー要素だけでこのリーダビリティはすごい。

 21世紀に入ってハードボイルドが絶滅危惧種と化している中、経済小説とのハイブリッドで感傷的なハードボイルドを生かした『永遠の旅行者』はもっと評価されてほしい作品。山本賞候補だったのに落ちたと知ってWikiで調べたら、受賞者が宇月原晴明だったのでそれはしょうがないかと。現在、ハード要素は警察小説に吸収されているとおぼしいが、『アウトバーン』はシリーズ化前提なのが見え隠れして面白くなかった。

 仁木悦子を2冊。『赤い猫』所収の「乳色の朝」は誘拐ものの短篇として史上最高のように思う。沢崎シリーズのアレにも影響を与えているのではないだろうか。『日の翳る街』も面白いけれども、謎解きがそれほど良くなかった。

 ローレンス・ブロックの短編集は相変わらずエイレングラフシリーズが面白い。イヤミスっぽさは『おかしなことを聞くね』より弱めで、文学色が強まった。

 マンケルは『リガの犬たち』が最高に好きだったのだけれど、それ以降あまり口に合わなくなってきたな。これまで紙の本を買っていたけど、電子に切り替えよう。

ミステリをたくさん読む(20年5月)

 コロナによる在宅勤務と自粛生活により、朝の散歩以外は自宅と最寄のスーパーしか行かない日々。皮肉なことに読書には最高の環境で、5月は全部で30冊も本が読めた。そのうちミステリは七作品でちょっと少なめ。

 

ピエール・ルメートル『その女アレックス』(橘明美訳、文春文庫)★★★★★

結城昌治『死者と栄光への挽歌』(文春文庫)★★★★★

仁木悦子『林の中の家』(講談社文庫)★★★★

パトリシア・コーンウェル検屍官』(深町眞理子訳、講談社文庫)★★★★

ピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(橘明美訳、文春文庫)★★★★

幸田真音『日本国債』(角川文庫)★★★☆

大沢在昌『天使の牙』(角川文庫)★★☆

 

 先月『悲しみのイレーヌ』を読んでからルメートルにはまり気味。読者の関心を惹きつける書き方の上手い作家だなあ、と思う。また、『アレックス』はそこまでではないけれども、探偵役の個人の問題がクローズアップされる傾向ってどんどん強まっているのかも。最近、小鷹信光の『私のハードボイルド』読んだが、「ハメット、チャンドラーとせいぜいロスマクまでがハードボイルドで、アル中だったり、肺ガン気にしてたりするネオ・ハードボイルドなんて邪道」という議論があった頃とは隔世の感が。

 結城昌治の『死者と栄光への挽歌』もこの系譜に沿う、というか、ハードボイルドの単一視点を借りることで、戦争犯罪を暴く、という名作。『私のハードボイルド』でも結城昌治が「ハードボイルドとは形式」という趣旨の発言をしていたし、納得。

 『林の中の家』は昭和の芸能界スキャンダルもの。クリスティ風の仕立てが楽しかったんだけれども、犯人の存在感がちょっと薄かった。

 『日本国債』は国債取引の脆弱性をテーマにしたもので、赤字国債発行しまくっている今こそ続篇が必要なのではないか、と思う。経済小説としては意義のあるものだが、ミステリとしては謎解きがくどいのでこの評価。

 『天使の牙』が実は一番刺激的だったかも。なんというか設定そのものがバブルの影響を感じる。「M 愛すべき人がいて」とかも流行っているし、「平成初期のスリラー研究」ってやったら社会史的意義がないかな? ちなみに95年の単行本発行なのですが、國松長官狙撃事件はプロットに影響を与えているのか、気になります。

ミステリをたくさん読む(20年4月)

前回で目標の100冊を達成したので、全体ランキングを毎回載せるのは止めておく。関心のある方は、読書メーターの本棚に上げてあるのでご覧いただければ。

bookmeter.com

 さて、Covid-19対策の自粛が続く現在。外に出ないので本は大量に読めており、精神的には快調だ、と言いたいところだが、Sportifyでぼくのりりっくのぼうよみモリッシーだけ集めたプレイリスト作ってしまうくらいには病んでいる。

 4月は6冊。今月はそこそこハズレ引いた月だった。

 

結城昌治『刑事』(集英社文庫)★★★★★

大藪春彦野獣死すべし』(新潮文庫)★★★★☆

ピエール・ルメートル『悲しみのイレーヌ』(橘明美訳、文春文庫)★★★★☆

アガサ・クリスティー『クリスマス・プディングの冒険』(橋本福夫他訳、ハヤカワ文庫)★★★☆

西村寿行『去りなんいざ狂人の国を』(角川文庫)★★

R.D.  ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』(創元推理文庫)★★

 

 結城昌治の短篇集は全体のレベルが大変高く、横山秀夫の短篇を彷彿とさせた。『野獣死すべし』はほぼ奇書のレベルだが、ほとんど会話文のない中篇版は実験文学としても評価されて良い。読者の関心を惹きつけるルメートルの技術は、じっくり研究してみたいが、この本に関しては、ちょっとフラグが立ちすぎていてきつい感じはする。

 今ひとつだったのは、「クリスマス・プディング」以外のクリスティーの短篇と、途中から急カーブで質が落ちる西村寿行。加えて『フロスト』に関しては期待して読んだだけに、面白さがよくわからず悲しかった。

経済小説マストリード100を作る(20年第一四半期報告)

 私にはいささか偏った持論があって、経済と世界史ものの作品に関しては、小説より漫画の方がジャンルの深掘りに成功していると思うのだ。もちろん、日本において。

 世界史、とくに西洋史については結構すでに言われている。塩野七生を別格に、佐藤賢一とか深緑野分とかごく一部の作家しか扱わないし、扱うと直木賞が取れないらしい。一方で、漫画においては手塚にも『アドルフに告ぐ』や『ルードヴィヒB』があるし、最近でも『ヴィンランド・サーガ』『ヒストリエ』『狼の口』をはじめとして名作が多い。バリエーションも豊かだ。ただ、これは最近の話かも知れず、辻邦生とか堀田善衛とかをざっとでも読んでからでないと、本当のところは言えない。

 一方、経済ものについてであるが、漫画が『ナニワ金融道』『闇金ウシジマくん』や『クロサギ』を有しているのに対して、小説はベストセラーをたくさん輩出しているわりには、金融か商社ものに偏りがちで、ヒーロー像にも幅がないような思いがある。ハゲタカや半沢直樹とかがもてはやされるところを見ても、そんな気がする(面白いけど)。

 ただ、これについても読まないで何かいうのは避けるべきだ。そんなわけで、意識して経済小説をたくさん読むことにした。基準ができたら星をつけて、これもマストリード100にしたい。経済小説なので四半期報告でいいように思う。

 

高杉良金融腐蝕列島』(1997年、角川文庫)

池井戸潤『オレたちバブル入行組』(2004年、講談社文庫)

池井戸潤『オレたち花のバブル組』(2008年、講談社文庫)

真山仁『レッドゾーン』(2009年、講談社文庫)

 

 ミステリについては、星をつけて評価したが、まだ自分の中で基準ができるに至っていないので、とりあえず控えておく。また、時代性が重要と思うので、単行本の発行年は記しておこう。時系列として12年に渡る作品が並んだが、バブル崩壊からリーマンショックまで、という印象だ。とくに金融ものはやはりバブルと不良債権の話をしないでは成立しないのだろう。気づくのは、主人公像の変遷である。

 『金融腐蝕列島』の竹中は、後半ものを言うようになるものの、基本的には巻きこまれ型の主人公である。しかも、ものを言えるようになったのが右翼の大物に見込まれてから、というのが実にリアルでいい。一方で、(いつドラマが放送されるのかと)噂の半沢直樹は、上層部にも結構はっきりものを言う。はっきりものを言いすぎて、タイトルにあるような群像劇ではなくこの人個人のヒーローストーリーになってしまうくらいだ。ただし、半沢の良さはどこか小物感があるところだが、『ハゲタカ』の鷲津になるともっと完璧なスーパーマンになる。

 平成の歴史も勉強しながら、もう少し幅広く見ていきたいと思う。

S.ソンタグ『隠喩としての病』

近代以前の病気観では、性格の役割は罹病してのちの患者の行動とだけ関係するものであった。他の極限状況と同じで、恐るべき病気もまた人間の最も醜いものと美しいものを引き出すというのである。けれども、流行病の平均的な記述を見てゆくと、病気が性格に与える破壊的影響のことが主軸になってくる。病気は悪行への罰なりという先入観が記述者の側に弱いほど、病気の蔓延によって道徳的な退廃が明証されたと力説する記述になりやすいのである。6162ページ)

 

 ここだけ読むと逆説的にも聞こえるのだが、ソンタグは前の部分で、古代においてはペストを代表とする「病気=神の怒り」であり、近代における病気は、結核と癌に代表されて、「自己を裏切って正体を暴くもの」だとしている。つまり過去においては社会全体や個人の悪行への罰であった病は、病んだ人のふるまいや性格と関係づけられることによって、「悪い」性格が表に出たもの、になってしまった。

 性格、というと違和感があるかも知れないが、癌について、「悪い」生活習慣やストレスをためやすい環境、と言い換えると納得できると思う。すくなくとも病気になる理由については、「罪を悪んで人を悪まず」の真逆で、罪ではなく人に帰せられるようになっているのだ。

 COVID-19について、「人間の罪に神が与えたもうた罰」とは、よほど特殊な人しか言うまいが、その無慈悲な感染力から、個人には帰せられないものになっていると思う。(一部で「自粛せずに出歩いている若者」とか「夜の街」が悪者にされてはいるものの)。どちらかと言うと、憎しみの対象となっているのは防疫に失敗した政治で、たまたま政権を私物化しまくっていた悪い人が権力の座にいるせいもあるが、変わった現象だ。おそらく、検査を渋って病気を「隠蔽」したという印象が強いからだろう。見えないウィルスという悪が暴かれる機会を奪われたことに、人びとが恐怖したのだ。「エイズとその隠喩」でソンタグは言う。「しかし隠喩は回避さえすれば距離のおけるものではない。暴露し、批判し、追求し、使い果たさねばならないのだ」。病が使い果たされる日が一刻も早いことを祈る。

 

(『隠喩としての病 エイズとその隠喩』富山太佳夫訳 みすず書房