21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2010-11-01から1ヶ月間の記事一覧

古井由吉『杳子・妻隠』 「杳子」

「あなたは健康な人だから、健康な暮らしの凄さが、ほんとうにはわからないのよ」(八) むかし、やしきたかじんが、あるタレントの浮気を評して、「あれは病気やないねん、癖やねん。癖やから一生なおれへん」と言っていたが、この小説が書いているのは要は…

古井由吉『杳子・妻隠』 「妻隠」

なんだか魂が、というより軀の感じが軀からひろがり出て、庭いっぱいになって、つらくなって、それからすうっと縮まって軀の中にもどってくる。おもての物音をつつんで、すうっと濃くなって入ってくる。そのたびに金槌の音だとか、男たちのだみ声だとかが、…

今月読んだ捨ておけぬ三冊(8〜10月編)

なんか、このコーナーも続きませんね。やっぱり月末は忙しいのか。とりあえずまとめて更新です。8月 佐藤優『自壊する帝国』、桐野夏生『東京島』、ミシェル・テマン『Kitano per Kitano 北野武による「たけし」』(松本百合子訳) 『自壊する帝国』に関して…

R.ムージル『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』 「静かなヴェロニカの誘惑」

ちょうど音楽の感動が、まだ耳には聞こえぬうちに、遠くで厚く閉じた垂れ幕の中に、思い定かならぬ襞を畳んで、すでに浮かびだすように。おそらく、この二つの声はやがて互いに駆け寄りひとつになり、その病いと虚弱を去って、明快な、白日のように確かな、…

古井由吉『辻』 「雪明かり」

無事。この二文字を日々書留めるだけで、立派な日記になるのだろう。(『仮往生伝試文』) かつて、院生時代、書評のまねごとをさせていただいたことがあり、そのとき、古井由吉の『野川』を評して、「ひとつの段落ごとがひとつの作品になっている」、と書い…

R.ムージル『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』 「愛の完成」

いかにも冷たい、いかにも静かな一瞬が生じ、その中で彼女は自分自身の存在を、巨大な岩壁のどこかで立った、かすかな、定かならぬ物音と聞いた。それから突然の沈黙によって、彼女は気づいた、いかにひそやかに自分がいま滴(したた)り落ちたかを、それに…

古井由吉『槿』 22

「いつのことですか、どこで」 「ほうら、いつ、どこで、とおたずねになる。そう自分からたずねなくてはならない女の辱(はじ)は、おわかりでしょう。知ってるはずだと言うんです」(449‐450ページ) 何故だかよく分からないが、『槿』の最後の3章を読んで…

古井由吉『槿』 4

都内の地図を杉尾は浮かべた。新しい関係の始まりそうな時の習い性である。若い頃からそうだった。女のこともあり、仕事の関係のこともあった。 生まれ育って今も暮らすこの都会の地理について、杉尾は日付の二十年も遅れた概念図をまだ頭の中に、投げやりに…

鴻巣友季子『やみくも』 「彫刻」

「いま、つかみにいきます」 「もうすぐつかめそうです」 「つかみつつあります」 「つかめました」 (119ページ) さて、母であり翻訳者であることを描いた『孕むことば』にいたく感動したので、『翻訳のココロ』もあわせて鴻巣友季子さんのエッセイ集をま…