21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2010-01-01から1年間の記事一覧

G.オーウェル『一九八四年』 第一部

寡頭政治の本質は、父から息子への継承にあるのではなく、生者が死者に課すある種の世界観、ある種の生き方を持続させることにあるのだ。(第二部9) いま、私が働いている支社には日本人が私しかいないのだが、ロシア人たちはずるいもので、本社や他の支社…

私のイギリス文学ベスト10(使用前)

ご無沙汰しておりました。古井由吉フェアも終わらないが、なんだかひとつのテーマで本を読み続けるのが面白くなり、「各国別」というのはどうだろう? と思いついた。もちろんずっと前から主流は、「英語文学」あるいは「フランス語文学」という言語別のくく…

古井由吉『辻』 「草原」

あなたが殺したのではないの、と言った。 理由を話しましょうか、と爪の先をさらに肉に喰いこませながら、後を継がなかった。(100ページ) 辻、がなにを意味するのかを読み解くことは、この作品集を読む上でべつに重要なことではないと思う。しかしながら、…

今月読んだ捨ておけぬ三冊(11月編)

なんだかモスクワの11月というのは、ほんとうに厭な月で、毎回、鬱になることこの上ないのですが、それでも色々本は読んだようで。また、時間はないくせに、フランス語の勉強をしてみようとか、ロシア語で本を読んでみようとか、試してはみているのですが、…

古井由吉『杳子・妻隠』 「杳子」

「あなたは健康な人だから、健康な暮らしの凄さが、ほんとうにはわからないのよ」(八) むかし、やしきたかじんが、あるタレントの浮気を評して、「あれは病気やないねん、癖やねん。癖やから一生なおれへん」と言っていたが、この小説が書いているのは要は…

古井由吉『杳子・妻隠』 「妻隠」

なんだか魂が、というより軀の感じが軀からひろがり出て、庭いっぱいになって、つらくなって、それからすうっと縮まって軀の中にもどってくる。おもての物音をつつんで、すうっと濃くなって入ってくる。そのたびに金槌の音だとか、男たちのだみ声だとかが、…

今月読んだ捨ておけぬ三冊(8〜10月編)

なんか、このコーナーも続きませんね。やっぱり月末は忙しいのか。とりあえずまとめて更新です。8月 佐藤優『自壊する帝国』、桐野夏生『東京島』、ミシェル・テマン『Kitano per Kitano 北野武による「たけし」』(松本百合子訳) 『自壊する帝国』に関して…

R.ムージル『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』 「静かなヴェロニカの誘惑」

ちょうど音楽の感動が、まだ耳には聞こえぬうちに、遠くで厚く閉じた垂れ幕の中に、思い定かならぬ襞を畳んで、すでに浮かびだすように。おそらく、この二つの声はやがて互いに駆け寄りひとつになり、その病いと虚弱を去って、明快な、白日のように確かな、…

古井由吉『辻』 「雪明かり」

無事。この二文字を日々書留めるだけで、立派な日記になるのだろう。(『仮往生伝試文』) かつて、院生時代、書評のまねごとをさせていただいたことがあり、そのとき、古井由吉の『野川』を評して、「ひとつの段落ごとがひとつの作品になっている」、と書い…

R.ムージル『愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑』 「愛の完成」

いかにも冷たい、いかにも静かな一瞬が生じ、その中で彼女は自分自身の存在を、巨大な岩壁のどこかで立った、かすかな、定かならぬ物音と聞いた。それから突然の沈黙によって、彼女は気づいた、いかにひそやかに自分がいま滴(したた)り落ちたかを、それに…

古井由吉『槿』 22

「いつのことですか、どこで」 「ほうら、いつ、どこで、とおたずねになる。そう自分からたずねなくてはならない女の辱(はじ)は、おわかりでしょう。知ってるはずだと言うんです」(449‐450ページ) 何故だかよく分からないが、『槿』の最後の3章を読んで…

古井由吉『槿』 4

都内の地図を杉尾は浮かべた。新しい関係の始まりそうな時の習い性である。若い頃からそうだった。女のこともあり、仕事の関係のこともあった。 生まれ育って今も暮らすこの都会の地理について、杉尾は日付の二十年も遅れた概念図をまだ頭の中に、投げやりに…

鴻巣友季子『やみくも』 「彫刻」

「いま、つかみにいきます」 「もうすぐつかめそうです」 「つかみつつあります」 「つかめました」 (119ページ) さて、母であり翻訳者であることを描いた『孕むことば』にいたく感動したので、『翻訳のココロ』もあわせて鴻巣友季子さんのエッセイ集をま…

佐藤亜紀『ミノタウロス』

人間の尊厳なぞ糞食らえだ。ぼくたちはみんな、別々の工場で同型の金型から鋳抜かれた部品のように作られる。大きさも。重さも、強度も、役割もみんな一緒だ。だからすり減れば幾らでも取り換えが利く。彼の代わりにぼくがいても、ぼくの代わりに彼がいても…

雑感: 読書メータ

読書メータはじめました。http://book.akahoshitakuya.com/u/79251

雑感: デミヤンの魚スープ

みじかい出張があって、ほぼ10年ぶりにサンクト・ペテルブルクを訪れた。10年後に、これまで訪れていなかった同じ街へ行くというのは、意外にめずらしい体験なのではないだろうか? ペテルブルクは、案の定かわってはいたけれど、モスクワのような狂騒感はな…

古井由吉『木犀の日』 「木犀の日」

木犀の香がまたふくらんで、どんよりと曇りながら空けていく朝の空を思った。やがて立ちあがり出仕度を始めた。(211ページ) もともと出不精なので、旅行というのはそんなに好きではなかったが、最近、知らない町をおとずれて、頭の中にわずかな土地勘がで…

古井由吉『木犀の日』 「椋鳥」

「いっそあたしと寝ていたらどうなの。泰子さんが大事な人に抱かれて逝くあいだ」(44ページ) モチーフに囚われて書く、というのは、作家性の一種の狂気を孕んだ部分なのだと思う。ひとつの風景や、物象に、必要以上の意味あいを持たせていき、ひとによって…

鹿島茂『パリ・世紀末パノラマ館』

これは、おそらく、百年単位で意識を切り替える思考法になれているヨーロッパの人間たちでも、ひとつの世紀に対して総括を出すのに世紀末の十五年を要するばかりか、そこから新しい世紀を生み出す準備にまた十五年を必要とするということをいみするのではな…

古井由吉『木犀の日』 「眉雨」

いや、むしろ眉だ。目はひたすら内へ澄んで、眉にほのかな、表情がある。何事か、忌まわしい行為を待っている。憎しみながら促している。女人の眉だ。そのさらにおもむろな翳りのすすみにつれて、太い雲が苦しんで、襞の奥から熱いものを滲ませる。そのうち…

古井由吉『人生の色気』 第四章「七分の真面目、三分の気まま」

とにかく、忙し過ぎるんです。自分で考える時間や癖を与えられることがありません。これまでの社会では、まず、何かを選択する前に、自分で考えるというプロセスがあったんです。しかし、いまでは、商品一つ買うのにも、多様なように見えて、選択の幅がほと…

M.ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』第Ⅰ部あらすじ

【1】1「見知らぬ男とは口をきくべからず」から、3「第七の証明」まで「よく覚えておいてください、イエスは存在していたのです」 ある異様に暑い春の日、無神論者ベルリオーズと詩人イワンの前に現れた外国人ヴォラントは、外国人にしては完璧なロシア語を…

雑感:あらすじについて

文学が今後隆盛をとりもどすかどうか、まったくわからないけれど、一人の文学畑出身者として思うことは、「茶のみ話」としての文学を開発したい、ということだ。つまりは私のような30前後の男たちが集まると、茶のみ話(と、いうよりは居酒屋トーク)として…

古井由吉『人生の色気』 第一章「作家渡世四〇年」

ひょっとしたら、年から年へと振れるそのはずみに、自分のいなくなった後のことまで、話していたかもしれない。(「ゆめがたり」) 古井由吉氏の作品にはよくサラリーマンが登場するのだが、大学の先生を「サラリーマン」と考えるのは止すとすれば、氏にはサ…

M.ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』 4「追跡」

いくらベズドームヌイが混乱していたとはいえ、それでもやはり、この追跡の超自然的な速度には驚かざるをえなかった。二キータ門をあとにして二十秒と経たぬうちに、すでにベズドームヌイはアルバート広場のまばゆい明かりに目をくらまされていた。さらに何…

ダイジェスト版

私はいわば外側の喧騒につりあうだけの喧騒をうちに宿していたのである。(古井由吉「先導獣の話」) このブログをはじめたころの生活はといえば、片道1時間の通勤時間がある東京のサラリーマン生活で、連続して地下鉄に乗っている時間が30分はあるから、本…

M.ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』 2「ポンティウス・ピラト」

そこで彼は、沈黙している町の上に《R》の音を転がすようにして叫んだ。 「バラバ!」 この瞬間、すさまじい音響とともに太陽が頭上で炸裂し、耳に炎を流しこんだようにピラトには思われた。その炎につつまれて、咆哮、金切声、呻き、哄笑、口笛が荒れ狂った…

猪木武徳『戦後世界経済史』 第一章第2節

つまり民主国家にとって重要なのは、国民が倫理的に善い選択を行い得るためには、まず十分な知識と情報が必要だということである。いい換えれば、難問を適切に選択し処理するための倫理(モラル)を確かなものにするには、知性と情報が不可欠なのである。(…

大塚英志『キャラクター小説の作り方』 第9講

湾岸戦争の時にはTVゲームをする若者たちが「虚構と現実の区別がつかない」と批判されたことを記しました。けれども「9・11」以降、ハリウッド映画の「物語」のように現実の戦争を始めようとしているものがアメリカや日本の政治家たちであり、テレビや雑誌に…

伊藤計劃『虐殺器官』 第二部4

この古さと曲がりくねった道、そしてカフカのイメージが、ぼくにこの街を迷宮のように見せている。ボルヘスが描いたラテン・アメリカ的なそれとは違う、ヨーロッパの青く暗い光にうっすらと浮かび上がる、冷たい迷宮に。(第二部6) ぐいぐいと引き込まれる…