21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2008-01-01から1年間の記事一覧

四方田犬彦『ハイスクール1968』 エピローグ

もう遊びの時間は終わったのだと、私の耳元で誰かが囁いていた。一杯のコーヒーを前にジャズの難解さを理解しようと耳を傾けたり、ユートピアを巡って終わりなき対話を続けるような時代は、政治の季節の凋落とともに幕を下ろしてしまったのだと。60年代には…

柳下毅一郎『興行師たちの映画史』 第一章

見せることこそがエクスプロイテーションの目的である。そこには抑制の美学はない。 柳下毅一郎の文章は、きわめて扇情的なテーマ(殺人、見世物)ばかりを扱いながら、非常に格調高い。とくに、「見世物」こそリュミエール兄弟以来の映画の源流であると説く…

7月7日 新聞書評メモ

新聞買いにいけないので、減量ですが。【日本経済新聞】 ☆鈴木竜太評 高橋克徳ほか編『不機嫌な職場』(講談社現代新書) R・I・サットン(矢口誠訳)『あなたの職場のイヤな奴』(講談社) 成果主義になって、職場にわがままな奴が増えたことにより、職場が…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第五章

どうしてもこの本は1970年前後の文化を紹介する本に見えてしまう。著者本人が「このエッセイの中心」、とする高校のバリケード封鎖に、今ひとつドラマを感じられないからだ。 そうすると、この本は文化史の一冊として、尋常ではない魅力を放つ。一人の高校生…

柳下毅一郎『殺人マニア宣言』 第三章「おかしな世界」

「おかしな世界」とはアメリカのことである。「殺人」を趣味として楽しんでしまう柳下氏は、殺人に国民性を見る傾向があるらしい。第三章ではアメリカの「おバカ」が語られるが、犯罪を抑止するための犯罪博物館を作っているのに、犯罪マニアの心をくすぐら…

柳下毅一郎『殺人マニア宣言』 第一章

アメリカ人なら誰でも「リジー・ボーデン斧とって」の歌は知っている。だが、実際にリジーが何をしたかと問われたらたいていは口ごもるだろう(いわんや日本人をや)。ましてや彼女の出身地となると。だが、町の方は覚えている。(21ページ) 本田透の著作を…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第十話「アイロン頭」

彼は相手のまばたきの頻度によって、どんな種類の涙が流れているのかを聞き分けることができ、どんなふうになぐさめてあげればいいのかを心得ていたのだ。(「聖歌」) アイロン頭はカボチャ頭の両親には愛されていたが、学校では友達ができず、仲間のアイロ…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第一章

とりあえず次の引用をはやく皆さんに読んでほしくて。これはひとつには、中学校で受けた厳格な音楽教育が影響していた。多田逸郎という音楽教師は日本で有数のリコーダー演奏家であり、授業の始めにはかならず生徒たちを起立させ、「真に偉大な音楽とは」と…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第七話「果物と果実」

神さまが作家の頭に拳銃をつきつけた。 ルールを決める、と神さまがいった。今後は一語たりとも書いてはいけない。書いたら撃つよ。いいか? 神さまは東海岸の訛りで話、ギャングみたいにドスが利いていたが、しわだらけのその顔は弱々しくてエーテルみたい…

本田透『なぜケータイ小説は売れるのか』

もうお分かりだろう、ケータイ小説が売れているのではない。実は小説が売れていないのだ。(第四章) 最近、『電波男』が文庫化されたが、本書は『電波男』や喪男三部作のような著者の魂の叫びとは異なり、ライター本田透としてのルポである。しかし、これが…

A.ベンダー『わがままなやつら』 第六話「マザーファッカー」

その日二人が愛し合ったときそれはあるべき姿に一歩だけ近づいていて彼女は終わってからワインを持ってきて二人は腰をおろし緑色のカーテン越しに、裸のまま、深いおなかをしたワイングラスを手にして日没を見つめたのでした。緑は暗くなり黒になった。彼は…

加門七海、福澤徹三、東雅夫編『てのひら怪談』

ちょっと怪我をしたりしまして、しばらく更新せず失礼しました。 さて、怪談や都市伝説のたぐいが好きで、そんな私にはぴったりの一冊。とりたててホラーが好きというわけではないのだが、短篇という形式美のなかで、書き手(または語り手)の技術を見るには…

黒川創「かもめの日』 

ここに「かもめ」が加えられたという事実のなかに、少なくとも、ソ連空軍当局によるジェンダー・イメージの投影がうかがえよう。言うまでもなく、「かもめ(チャイカ)」は女性名詞なのである。(6ページ) 登場人物の一人、あまり売れない作家である瀬戸山…

6月8日付 新聞書評メモ

【毎日新聞】 ☆堀江敏幸評 ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』(水野忠夫訳 河出書房新社) ロシア文学を専攻したものとしては、恥ずかしい限りだが、実はこの小説最後まで読み通したことがない。おそらく、出逢う時期が悪かったのだろう。すでに…

周達生『世界の食文化2 中国』 第一章

食文化を語る上で、「中国」とはあまりにもハードルの高い対象である。本書は国立民族学博物館名誉教授の碩学によるものだが、さすがにその力をもってしても、語られる範囲は限定されてしまう。よく知られた、中国語で「鴨」とは何か?という話に始まり、学…

6月1日付 新聞書評メモ

簡単に自分の生態を鑑みるに、暑くなってくるとウツになる、というのがあるようで、何もする気が起きません。というか自分が何をしているのか分からなくなるので、ブログのタイトルを間違えたまま一週間放置したりするようです。【毎日新聞】 ☆小西聖子評 D…

D.デフォー『ロビンソン・クルーソー』 (三)

『ロビンソン・クルーソー』は主人公の名前がタイトルになっている小説である。それは、『Dr.スランプ』なのか、『Dr.スランプ アラレちゃん』なのか、という程度の違いでしかないが、思えばそれは、作家がキャラクターというものを重視したひとつの証拠かも…

5月25日付 新聞書評メモ

【日本経済新聞】 ☆自著評 岩下尚史『見出された恋』(雄山閣) 『荒地の恋』を読み終えた途端、三島由紀夫の若き日の恋愛(ちなみにヘテロセクシャル)を書いた小説の書評が出た。ゲーテやヘミングウェイが登場するクンデラの『不滅』や、クッツェーの『ペ…

ねじめ正一『荒地の恋』 第十三章

そう、俺は君を生きなかった。だから罰は惨い方がいい。君を生きなおすことはもうできないのだから。俺は君を捨てたのだから。(「すてきな人生」) 『荒地の恋』は非常によくできた小説であるが、それはやはり20世紀という時代へのオマージュ、というよりは…

5月18日付 新聞書評メモ

【毎日新聞】 ☆中村桂子評 丸谷才一『蝶々は誰からの手紙』(マガジンハウス) 書店で手に取ったものの、購入するかどうか迷った一冊の書評本の書評が出た。最近このブログもうまく書けなくなってきたので、人の書評をまとめて読むのも手かも知れない。☆張競…

5月11日付 新聞書評メモ

この一週間、風邪が抜けなかったりして更新せず、失礼いたしました。【毎日新聞】 ☆山崎正和評 安富歩『生きるための経済学』(NHKブックス) 「選択の自由」は意志を殺す、という内容の本らしい。実は書評を読んでいても、どんな内容の本なのかよく分からな…

D.デフォー『ロビンソン・クルーソー』 (二)

それは、理性が数学の本質であり根源である以上、すべてを理性によって規定し、事物をただひたすら合理的に判断してゆけば、どんな人間でもやがてはあらゆる機械技術の達人になれるということである。それまで私は道具一つ扱ったことのない人間であった。し…

ねじめ正一『荒地の恋』 第二章

人間だれしも躁と鬱のあいだを行き来しているのであって、五月の連休が終わったころなど、どうしてもウツになってしまうが、会社勤めをしていればその鬱な気分にひたすら塗れる、といった贅沢なこともできず、「ああウツだなあ」と思いながら、とりあえず会…

D.デフォー『ロビンソン・クルーソー』 (一)

つまり、お前の身分は中くらいの身分で、いわば下層社会の上の部にいるというわけなのだ。自分の長年の経験によるとこのくらいいい身分はないし、人間の幸福にも一番ぴったりあってもいる。身分のいやしい連中のみじめさや苦しさ、血のにじむような辛酸をな…

G.ガルシア=マルケス『百年の孤独』 (三)

アウレリャノ・セグンドはトランクを提げてわが家に帰った。ウルスラだけではない、マコンドの住民のすべてが、雨が上がるのを待って死ぬつもりなのだと彼は思った。通りすがりに、ぼんやりした目付きで腕組みをし、広間にすわり込んでいる彼らの姿が眼につ…

本田透『世界の電波男』 第二部

本田透氏は出世作(?)『電波男』で、宮沢賢治が「萌え」を知らなければ、鬼畜になって「イーハトーヴ30人殺し」を起こしていただろうという、喪男を訪れる「萌え」と「鬼畜」の分岐点という名理論をうちたてた。これはモテるとか、モテないとか、そうい…

5月4日付 新聞書評メモ

【毎日新聞】 「源氏物語特集」この程度のスペースで、与謝野晶子訳、谷崎潤一郎訳、円地文子訳、瀬戸内寂聴訳を比較してのける鹿島茂さんは、さすがというより他ない。☆若島正評 巨椋鴻之介『禁じられた遊び 巨椋鴻之介詰将棋作品集』(毎日コミュニケーシ…

寺尾紗穂『評伝 川島芳子』 第二章

ひととき大学院の世界に身をおいた人間としては、修論を本にするということ自体が、あまりに大それたことに見えてしまうのだが、そんなことを考えずに新書として読めば抜群に面白い。本書内でも触れられている上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』(文春文庫…

本田透『世界の電波男』 第一部

ゴールデンウィークに三才ブックスの本なんか読んでていいのかYO! という近代の自意識によるツッコミはさておき、本田透は物語について、完全に「自分のこと」として論を展開できる数少ない(ひょっとしたらただ一人?)の評論家である。前著『喪男の哲学史…

G.ガルシア=マルケス『百年の孤独』 (二)

彼女は、執拗な想起によって思い出のひとつひとつが形をなし、閉め切られた部屋を人影のようにさまよう屋敷のなかに、心のやすらぎを見いだしていた。(191ページ) まとめて評文を書けるくらいなら、こんな小説は読むまでもない。ともかく5ページくらいの…