21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

伝記・回想録

佐野眞一『甘粕正彦 乱心の曠野』

弁護人は、なぜ事件と無関係な先祖のことなど聞いたのか。実はこの質問は、次に続く一連の質問への周到な伏線だった。甘粕の答弁が終わると、弁護人はすかさず聞いた。 ——被告人は日頃からたいへん子どもを愛しているようですが、それはなにゆえですか。 (…

佐野眞一『あんぽん』

孫はさらに話を続けて、三十年後の電子メディアには、テレビの情報に直して三万年分、音楽の楽曲に換算すると、五千億曲分に相当する情報量が入ると言った。その上で、紙の本に関して言うならば、三十年後には紙の本は美術工芸品の領域に入っている、とまで…

J.G.バラード『人生の奇跡』第十八章「残虐行為展覧会」

感情、そして感情的な共感が枯れ果て、偽物がそれ特有の真正性を帯びる。わたしはさまざまな意味で傍観者であり、静かな郊外で子供を育て、子供同士のパーティーに送ってやり、校門の外で母親たちと立ち話をするのが常だった。だがそれ以外のパーティーにも…

J.G.バラード『人生の奇跡』 第十四章「決定的出会い」

モダニズムの中心には「自己」が横たわっていたが、今そこには強力なライバル、日常世界があった。それは「自己」と同じように心理的構築物で、同じように謎に満ち、ときに精神病質の衝動をしめす。この禍々しき領域、気が向けば次のアウシュヴィッツ、次の…

佐野眞一『巨怪伝』第十一章「国士と電影」

最近、夕食を食べながら、古いNHK大河ドラマを眺めているのだが、ひょっとすると戦争というのはたいがい電撃戦で、平和ボケしている人々を突然の嵐のように何者かが襲うところからはじまるのではないか。子供のころから「信長の野望」に毒されて、陣取りゲー…

J.G.バラード『人生の奇跡』 第八章「アメリカの空爆(一九四四)」

迫りくる米軍機の機影は、わが思春期の憧れにあらたな焦点を結んだ。頭上、地上三十メートル足らずの低空を電光石火で飛びすぎるムスタングの姿は、あきらかにこれまでとまったく異なるテクノロジーの論理にのっとっていた。エンジンのパワー(英国で設計さ…

松井浩『打撃の神髄 榎本喜八伝』

ふと飛行機の窓の外を見ると、地上に赤茶けた大地が広がっていた。緑などどこにも見当たらない、地球の地肌を剥き出しにしたような赤茶けた大地だった。やがて大地がなだらかに盛り上がり、丘になっているのが見えた。だが、ふもとから丘の上まで、道らしき…

佐野眞一『あぶく銭師たちよ! 昭和虚人伝』

その細木ブームの仕掛人の一人、祥伝社ノンブック編集長は、細木を占いの世界の松下幸之助にたとえてみせた。彼女は底辺の人々の喜怒哀楽をよく知っている、言うことが、いちいち本音で、大学教授の経済学の講義には耳を傾けない大衆が、松下幸之助の言うこ…

落合福嗣『フクシ伝説』

そうよ、パパ、言ってやれ! 「うちの女房は確かにブスだ」って!!(142ページ) だらけるとだらけきるもので、夏休みの後半は完全に「毎日更新」を無視していた今日この頃ですが、みなさまはいかがお過ごしですか? 今日から仕事に復帰したので、また更新…

佐藤優『自壊する帝国』 第八章

モスクワも収容所群島の一部だったわけだ。(「文庫版あとがき」) 本書の弱点を一つ挙げろといわれれば、おそらくそれは「えっ」とか「まさか」とか「ふうん」とかが連発される、わざとらしい会話文だとしか言いようがないのだが、困ったことにロシア人は本…

佐藤優『自壊する帝国』 第二章

「結局のところモスクワは他人を利用しようとする人間だけが集まった肉食獣の街だよ。コーリャにはベラルーシ人として生きて欲しい。こんな生活は僕で最後にしたい。」(第八章「亡国の罠」) 駐在員などで集まって話をすると、「(日本に帰るとき)モスクワ…

加賀まりこ『純情ババアになりました』

《人類多しといえども鬼にも非ず蛇にも非ず、殊更に我を害せんとする悪敵はなきものなり。恐れ憚ることなく、心事を丸出しにして颯々と応接すべし》(「つんのめるように生きてきた」から福澤諭吉の引用) 『沸騰時代の肖像』という、60年代のスターの写真を…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 エピローグ

もう遊びの時間は終わったのだと、私の耳元で誰かが囁いていた。一杯のコーヒーを前にジャズの難解さを理解しようと耳を傾けたり、ユートピアを巡って終わりなき対話を続けるような時代は、政治の季節の凋落とともに幕を下ろしてしまったのだと。60年代には…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第五章

どうしてもこの本は1970年前後の文化を紹介する本に見えてしまう。著者本人が「このエッセイの中心」、とする高校のバリケード封鎖に、今ひとつドラマを感じられないからだ。 そうすると、この本は文化史の一冊として、尋常ではない魅力を放つ。一人の高校生…

四方田犬彦『ハイスクール1968』 第一章

とりあえず次の引用をはやく皆さんに読んでほしくて。これはひとつには、中学校で受けた厳格な音楽教育が影響していた。多田逸郎という音楽教師は日本で有数のリコーダー演奏家であり、授業の始めにはかならず生徒たちを起立させ、「真に偉大な音楽とは」と…