21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

雑感: デミヤンの魚スープ

 みじかい出張があって、ほぼ10年ぶりにサンクト・ペテルブルクを訪れた。10年後に、これまで訪れていなかった同じ街へ行くというのは、意外にめずらしい体験なのではないだろうか? ペテルブルクは、案の定かわってはいたけれど、モスクワのような狂騒感はなく、落ち着いたヨーロッパの街のようにとりすましていた。
 さて、ペテルブルクでどうしても行きたかったのが、「デミヤーンノヴァ・ウハー」という魚料理のレストランで、思えば学生のころ、一週間の滞在で5回も訪れた。薄い塩味の魚スープ、『カラマーゾフの兄弟』にも登場する、あの魚汁「ウハー」が絶品で、魚料理に飢えていた留学生の心を捉えて離さなかったのである。なにしろ『地球の歩き方』にも載っているような店だが、立地が悪いのか、お客さんは少なめ。そのためか、「デミヤンの魚スープ」は、昔とかわらない姿で私を迎えてくれた。
 このお店は隣に、定番メニューだけをパイプ椅子とカウンターで食べさせる、「リューマチナヤ」(なんと訳すのだろう? 「一杯呑み屋」?)を併設していて、学生のころは一食1000円ほどで、ここのウハーと前菜だけを食べていたが、まあ一応わしも社会人やし、ということで、一品1000円ほどになる本家レストランの方に入る。写真を見てもらえば分かるけれど、内装からしてとても趣味がよい。今回は「ペトログラード風ウハー」と、あえて肉料理をオーダー。この辺までは商売っ気のなさそうなおじさんが、「この東洋人の観光客は何者だ?」という目で見ていたけれど、飲み物にロシアのミネラル・ウォーター「ナルザン」を注文したら、すこしは分かっているやつ、として認めてもらえたらしい。
 ウハーが来る。魚の脂の乗り具合、火の通し具合、スープの熱さ、そしてトマトとジャガイモとタマネギの多すぎない野菜。すべてが完璧で、それはもちろん世界中で『地球の歩き方』なぞに載っているレストランの中では、ここが一番おいしいと感じさせられる。(なお、『地球の歩き方』はどこを旅するときも愛読しているので、誤解のないように)。わずかな塩気とハーブだけで味付けされた魚スープを味わっていると、完全にドストエフスキー的な感覚に襲われ、ああ死ね、「ペテルブルクは暗い」なぞと言っているモスクワ人みんな死ね、と思わされる。
 肉料理は、カリカリに焼いた牛肉のうえに、サワークリームと野菜で作ったタルタルソースをかけて、オーブンで焼いたものだったが、このスーパーハイカロリー料理もあっさりとして、ああ死ね、濃いソースしか作れないフランス人みんな死ね、いや訂正、うまい鴨のコンフィを作るビストロの主人以外のフランス人みんな死ね、と思わせるできだった。
 とつぜん書評ブログがグルメ・ブログになってしまったが、この話、オチはない。もちろん、「デミヤンの魚スープ」はクルイロフの寓話に出展があって、「有難迷惑」という意味なのだけれど、そんなこと書く意味もない(書いたけど)。とりあえず、ペテルブルクに行ったら、絶対このレストランに行って欲しいのである。