21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

雑感

前々回に、「不退転の決意で」とか書いておきながら、暫くのご無沙汰でした。と、いうのも、健康診断で「肺に陰があります」という結果が返ってきたために、「ああ、もう、私は死ぬに違いない」と思って二週間を過ごしていたからなのです。結局、この二週間…

小林秀雄『モオツァルト・無常という事』 「無常という事」

嘗て、古代の土器類を夢中になって集めていた頃、私を屢々見舞って、土器の曲線の如く心から離れ難かった想いは、文字という至便な表現手段を知らずに、いかに長い間人間は人間であったか、優美や繊細の無言の表現を続けて来たか、という事であった。文字の…

2014年の読書メーター 読んだ本の数:106冊 読んだページ数:41023ページ ナイス数:0ナイス http://bookmeter.com/u/79251/matome_y?invite_id=79251■ダイナー (ポプラ文庫) 読了日:12月24日 著者:平山夢明 http://bookmeter.com/b/4591131173■密偵 (岩波…

2014年ベスト10

みなさまお久しぶりです。最近、「この世でいちばん美味しい食べ物はサバの味噌煮だ」、と言いたくなる時期に、人生がさしかかってきている私ですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか? このブログは閉鎖したわけではありません。むしろ、なんでもいいか…

夏目漱石『彼岸過迄』 「停留所」

その上敬太郎は遺伝的に平凡を忌む浪漫趣味(ロマンチック)の青年であった。かつて東京の朝日新聞に児玉音松とか言う人の冒険談が連載された時、彼はまるで丁年未満の中学生のような熱心を以て毎日それを迎え読んでいた。その中でも音松君が洞穴の中から踊…

R.ブローディガン『ビッグ・サーの南軍将軍』

彼女の髪とカリフォルニアはみごとに調和している。(129ページ) 本年5月から、パリに暮らしている。敬愛する詩人や芸術家があくまで憧れたパリである。しかしながら、「人生は一篇のボードレールに及ばない」、という単純な事実に気づいて、遊学を決めこん…

佐々木俊尚『「当事者」の時代』

簡単に「読書メーター」で感想を書こうとしたら、文字数が全然足りなかった。困ったものだ。困ったので、ここで書きたいだけ書く。 書いてあることに納得できなくはないのだが、全体に主語がない本である。戦後の復興を進めるにあたり、大衆としての日本人が…

今月読んだ捨ておけぬ三冊(1月編)

気が早いが、気が向いたので、このまま書き続けよう。 ここ数年、年間通してやってみる趣味を決めており、2011年がSF、12年が映画、13年が将棋、という具合であった。ともかくやりたいこと(主に室内遊び)が多過ぎて、ときおり精神のバランスが崩れ、好きな…

2013年の読書記録

ブログを再開したはいいものの、一回それをがんばりだすと、かえって仕事が忙しくなったりするもので、また停滞。せめて本年のベスト10くらいは書いてみようと、「読書メーター」を調べてみれば、今年これまでに読んだ本が40冊しかないことに気づき、愕然と…

夏目漱石 前期三部作

きのう漱石の「猫」について、じぶんで書いたものを読み返してみて、よい小説というのは運動の線がつながっているのではないか、と考えた。つまり猫は、餅を食って後脚で立って踊るわけであるが、この部分の運動の流れが実に鮮やかである。このあと猫は、台…

夏目漱石『吾輩は猫である』 二

ええ面倒だと両足を一度に使う。すると不思議な事にこの時だけは後足二本で立つ事が出来た。(40ページ)さて、これは漱石の「猫」が空を翔んだ場面で、日本文学のなかでは随分有名な場面であると思う。要は正月の雑煮を盗み食いした猫が、歯にひっかかってど…

復帰

およそ一年間のご無沙汰でした。実を言いますと去年の暮れ、モスクワから日本に帰国しまして、それからなんとなく書けずにいたり、将棋に夢中になったりして、なんだか一年も経ってしまいました。 最近仕事の方は、前にも増して忙しくなったのですが、自分の…

10月の読書メーター

2012年10月の読書メーター読んだ本の数:8冊読んだページ数:3253ページナイス数:3ナイスダンシング・ヴァニティ (新潮文庫)読了日:10月31日 著者:筒井 康隆失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)読了日:10月30日 著者:戸部 良一,寺本 義也,鎌田 …

田尻芳樹編『J・M・クッツェーの世界』

私はこれを物語という概念で説明してみたい。人間は、世界を絶えず意味づけながら生きているのだが、その意味づけの行為は、広い意味での物語作成と言い換えることができる。私たちは、明確に意識しないまでも、絶えず、現在を過去と未来に関係づけながら、…

筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』

どうにもこうにも、何を書いていいかわからなくなって、本の感想を書かなくなって久しいのだけれど、本自体は読むのがわりと楽しくて、それなりに読んでいる、という日々が続いている。この、筒井御大の『ダンシング・ヴァニティ』も楽しかった。ある日書斎…

9月の読書メーター

2012年9月の読書メーター読んだ本の数:15冊読んだページ数:4967ページナイス数:1ナイスファッション学のすべて (Handbook of fashion)読了日:9月30日 著者:白痴 2 (河出文庫)読了日:9月30日 著者:ドストエフスキー庵堂三兄弟の聖職 (角川ホラー文庫)…

F.ドストエフスキー『白痴』 第三部

「ああ、ばかなこと言って! 必ずお買いなさい。質のよい、フランス製かイギリス製のをね。その二つが最高級だそうよ。それから火薬を、裁縫用の指キャップに一杯分か、それとも二杯分、流しこむのよ。どうせなら多めがいいでしょう。それからフェルトを詰め…

鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』

自己同一性の免疫力が低下しているからこそ、じぶんではないもの、異質なものを一種のウイルスとしてとらえ、身体の内部あるいは表面から、身体をとりまく環境から、そういう遺物を徹底的に排除していこうとすると思われるからである。(2「じぶんの内とじぶ…

中野渡進『ハマの裏番 もつ鍋屋になる』

ちなみに野球界をコンビニに例えれば巨人・阪神は弁当、中日はドリンク、ヤクルトは雑誌、広島はフリスク、ベイスターズはホチキスの芯ぐらいだろう。(第一章「口は災い・・・・・・突然の『戦力外通告』) この本はけっこう泣ける。いや、俺が弱っているだ…

J.ボードリヤール『シュミラークルとシュミレーション』 1章「シュミラークルの先行」

領土が地図に先行するのでも、従うのでもない。今後、地図こそ領土に先行するーーシュミラークルの先行ーー地図そのものが領土を生み出すのであり、仮に、あえて先のおとぎ話の続きを語るなら、いま広大な地図の上でゆっくりと腐敗しつづける残骸、それが領…

8月の読書メーター

8月の読書メーター読んだ本の数:15冊読んだページ数:4908ページナイス数:0ナイス翻訳教室 : はじめの一歩 (ちくまプリマー新書)読了日:08月30日 著者:鴻巣 友季子20世紀SF〈3〉1960年代・砂の檻 (河出文庫)読了日:08月30日 著者:アーサー・C. クラー…

鴻巣友季子『翻訳教室』 「第一章 他者になりきる」

では、この壁を打ち破って想像力の枠を広げるにはどうしたらいいでしょう? いきなり想像力だけを広げることはできません。想像力を豊かにするには、経験や知見の土台が欠かせないからです。しかし経験を広げ、知見を深めるといっても、例えば被災地に赴いて…

落合博満『コーチング』

私は、落合博満というプロ野球選手を”欲の塊”だと思っている。あらゆる面に欲深く取り組んでいたから、余分なプレッシャーを感じる暇などなかったのだ。(第五章 勝ち続けるために、自分自身を鍛えろ!) 何回かここにも書いているとおり、私は筋金入りのヤ…

F.ドストエフスキー『白痴』 第一部

「まったくですわ、将軍。私もあなたがそんな優しい心をお持ちだなんて、想像もつきませんでした。なんだか残念なくらい」(322ページ) ドストエフスキー『白痴』の第一部はゴシップ小説である。おおがかりなゴシップの構造の中で、登場人物達がそれぞれア…

綿矢りさ『勝手にふるえてろ』

私も半休ばかりで入社してから海外旅行なんて一回も行ったことがなかった。有休はほとんど取らないうちに三年ごとにリセット、お母さん私の有休は一体どこに行ったんでしょうね、消化されたのよ、なにに、社会に。(136ページ) 芥川賞同時受賞のときは、ど…

7月の読書メーター

7月の読書メーター読んだ本の数:3冊読んだページ数:1360ページナイス数:1ナイスこれからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)読了日:07月26日 著者:マイケル サンデル冬至草 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)読了日:07月25日 …

景山民夫『普通の生活』 「トニー谷のディナージャケット」

僕のJ45にそれ以外の意味合いがあるとすれば、それはニューヨークで生きていくのに絶対に必要な、自分のアイデンティティーとしての役割を果たしてくれたことだろう。(「ギブソンJ45」) 私は中高一貫の学校に通っていたのだが、中3のとき、教師が授業中に…

マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』 第9章

たいへん面白く読了したのだが、非常にわかりやす過ぎて、これでハーバード大の「政治哲学」の単位がもらえるというのは一種の「ゆとり」ではないかと思ってしまう。やはり、未来のアメリカの指導者達には、「来週までに『実践理性批判』読み通して来いやぁ…

マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』 第5章

カントは、政治家を信頼する人がいなくなるよりは、政治家の否定の言葉が一言一言吟味されるような状況のほうがましだと言っているわけではない。それは結果主義的な議論だ。カントが言いたいのは、誤解は招いても嘘ではない言葉は、真っ赤な嘘のように聞き…

石黒達昌『冬至草』 「希望ホヤ」

梢の間に見える湖にはうっすらと霧が流れていて、水面から鋭く突き出た枯れ木は死にながら朽ちずに存在していた。夢中で斜面をさまよい歩くうち、地衣類が独特の斑紋を描いている樹木はどれ一つとして同じではないのに、踏み跡程度の道を外して迷い込んでし…