21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

2011-01-01から1年間の記事一覧

W.フォークナー『響きと怒り』 一九一〇年六月二日

なぜなら彼が思い出すことができるのは姉の記憶ではなく、姉を失った記憶であり、日の明かりは眠りにつくときと同じ明るい模様だったし、草地は以前よりも売られてからのほうが彼にとってずっとよかったからだ。(付録―コンプソン一族) 『響きと怒り』のふ…

大庭みな子『むかし女がいた』 1

「もちろん、わたしにもさまざまな空想をする自由だけはあるわけだから、そのことだけはこの髪の持主に言っておいて下さい。たとえば、鎌首を持ち上げる蛇の頸に鋲を打って、ミイラにするとか――」(4) 母は死ぬまでの一箇月間、ベッドの横に大庭みな子さん…

あ、

下の記事に「春の物語」と書いてしまったが、『むかし女がいた』の第一話は、黄金の麦の穂が稔る季節なのだから、当然、秋の話だった。

今月読んだ捨ておけぬ三冊(5月編)

God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can, and wisdom always to tell the difference. (「神よ願わくばわたしに変えることのできない物事を受けいれる落ち着きと、変えることのできる物事を…

5月の読書メータ

5月の読書メーター読んだ本の数:21冊読んだページ数:7532ページめぐらし屋 (新潮文庫)読了日:05月31日 著者:堀江 敏幸ヒートアイランド (文春文庫)読了日:05月29日 著者:垣根 涼介一階でも二階でもない夜 - 回送電車II (中公文庫)読了日:05月28日 著…

雑感

今日はワタクシの誕生日なのですが、なぜだか昨日から、どうして本は直方体の三辺のうち、いちばん短い辺(つまりは奥行の部分)が延長されることをもって「長い」というのだろう? ということが気にかかっています。たとえ京極夏彦やコロコロコミックであっ…

Ap.グリゴーリエフ 「エリザベータへ(E.S.R)」 (1842)

ああ、ぼくは知っている、きみと ぼくはたましいで結びついているということを。 永遠と、ぼくのそのあいだに うかびあがってくるのはきみの姿だ。 そして天上でぼくは もういちど魅せられてしまうのだろう、 わが全身をあのひとのおもかげに捉われて、 わが…

デザインが変わりました

突然、というわけではないのだけれど、学生時代にあそびでやっていたロシア詩の翻訳をまたやりたくなった。ところが、いざやってみたらブログの書式にすごくはまりが悪かった。と、いうわけで、思い切ってデザインを変えてみた。 気にする人がいるのかどうか…

堀江敏幸『ゼラニウム』 「アメリカの晩餐」

簡単な挨拶と自己紹介を棲ませて招き入れられたアパルトマンは、サングラスのプロデューサーが一ヵ月前に購入したばかりで、窓がすべて通りに面したに二十畳敷きくらいの大部屋の連なる豪奢なつくりだったが、まだ内装が済んでおらず、壁という壁の装飾がは…

K.イシグロ『充たされざる者』

だけどあとどれだけ、こんなふうに人のためにしてあげられるっていうの? あたしたちにとっては、つまりあたしとあなたとボリスにとっては、あっという間に時間が過ぎていくのよ。あなたが気づきもしないうちに、ボリスは大人になってるでしょう。あなたにこ…

S.レム『ソラリス』 「会話」

「脳電図は完全な記録だ。無意識のプロセスもすべて含まれる。もしも彼女に消えてほしいと思っていたなら、彼女は死んでいたのだろうか。(263ページ) ひと月ほども前に、「この項続く」と書いた以上、続かないといけないような気がする。「SFは責任感が強…

4月の読書メータ

2011年4月の読書メーター 読んだ本の数:18冊 読んだページ数:6325ページ■粘膜兄弟 (角川ホラー文庫) 読了日:04月29日 著者:飴村 行 http://book.akahoshitakuya.com/b/4043913036■蠅の王 (新潮文庫) 読了日:04月28日 著者:ウィリアム・ゴールディング …

今月読んだ捨ておけぬ三冊(4月編)

「臍のない男がいまも私の中に棲んでいる」と、サー・トマス・ブラウンは奇怪な一行を書きつけているが、その意味するところは、アダムの末裔なるが故に、彼は罪のうちに孕まれた存在であるということなのだ。(ボルヘス『続審問』) 「読書メーター」のまと…

S.レム『ソラリス』 「ソラリス学者たち」

――自分が相手にしているのは、確かに知的な、ひょっとしたら天才的な構築物の断片なのかもしれないが、そこには狂気すれすれの、手のつけられない愚かさの産物が支離滅裂に混ざっている。そのため、「ヨガ行者の海」という概念に対するアンチテーゼとして、…

飛浩隆『グラン・ヴァカンス』

「決めろ。『しかたがない』ことなど、なにひとつない。選べばいい。選びとればいい。だれもがそうしているんだ。ひとりの例外もなく、いつも、ただ自分ひとりで、決めている。分岐を選んでいる。他の可能性を切り捨てている。泣きべそをかきながらな」(第…

今月読んだ捨ておけぬ三冊(12〜3月篇)

そして未来は、いずれにしろ過去にまさる。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりまさりつつあるのだ。人間精神が、その環境に徐々に環境に働きかけ、両手で、器械で、かんで、科学と技術で、新しい、よりよい世界を築いていくのだ。 (ロバート・A・…

その他

やはり、全ての面において想像力が貧弱だった、と言わざるを得ないのではないかと思う。「電気自動車はエコ」って、それは「原発がクリーン」前提の話ですよね?、くらいのことは思っていたけれど、実際に原子力発電所が事故を起こすなどということは考えな…

佐藤亜紀『小説のストラテジー』 8「ディエーゲーシス/ミメーシス」

ところで、実際彼が聴いたのは何だったのでしょう? 例のジャジャジャジャーン、がウィーン体制の政治的閉塞にぶち当たったベートーベンの苦悩に聴こえるとすれば、それは空耳です。(1「快楽の装置」) 伊藤計劃のブログに「我々は手遅れの季節に住んでいる…

宮田光雄『ナチ・ドイツと言語』

そこから、さらに政治的ジョークは、《通風弁》であったばかりではなく、そうした体制への順応にたいする《心理的アリバイ》(H・シュバイツァー)としての機能もあったかもしれないという、まことにうがった解釈も出てくる。すなわち、権力からの締めつけに…

おわび

これまでGeorge OrwellをJでつづっておりました。すいません。恥ずかしいことこの上ねえ。

C.ブロンテ『ジェイン・エア』 26

私は果樹園の塀に沿って行ってその角を曲がった。ちょうどそこに牧場に向かって開いている二本の石の柱がそれぞれ石の玉をいただいている門があって、そこから私はそっと屋敷の正面を覗くことができた。私はどこか寝室のブラインドがもうあがっているかもし…

G.オーウェル『一九八四年』 第三部

しかしオブライエンはすぐ側に立っていた。頬にはまだ、金網の冷たい感触が残っている。(第三部5) 人間にとっていちばん恐ろしい拷問とは、徐々に、しかし否定しようのない確からしさをもって、自分の無力を実感することではないのか。たとえば受験だとか…

C.ブロンテ『ジェイン・エア』 23

ヘレンは私の指を温めるためにゆっくりさすりながら、 「もし世界じゅうの人間があなたを憎んであなたのように悪い人間はいないと思っても、あなたの良心があなたがすることを認めて、あなたは何もとがめられるようなことはしていないとみとめるなら、あなた…

大森望編『逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成F』

ここのところ『ジェイン・エア』を読んでいるのだが、年末年始にかけて読んでいたのはSFっぽい本が多く、昨日の記事を書いたあとで、そういえばこんな本も買ったな、と思って読みはじめたらおもしろくて、一気読みしてしまった。とりあえず『ジェイン・エア…

G.オーウェル『一九八四年』 第二部

「誰に習ったんだ?」彼は言った。 「祖父よ。わたしが小さかった頃、よく歌ってくれたわ。蒸発させられたの、わたしが八つのとき――とにかく姿を消したわけ。レモンって何だったのかしら」彼女は脈絡のないことを付け加えた。「オレンジは見たことがあるの。…

伊藤計劃『ハーモニー』

「ああ。わたしはものすごい吐き気に襲われた。 駄目なんだよ、お母さん。 わたしはやせ細って動かないからだのなかでそう叫んでいた。ぜんぜん駄目なんだよ。そうやって、誰彼構わず他人の死に罪悪感なんて持っちゃ、いけないんだよ。だって、ミァハとお母…

雑感: 偽善について

「人々は見たいものしか見ない。世界がどういう悲惨に覆われているか、気にもしない。見れば自分が無力感に襲われるだけだし、あるいは本当に無力な人間が、自分は無力だと居直って怠惰の言い訳にするだけだ。だが、それでもそこはわたしが育った世界だ。ス…

ダイジェスト版

みなさま、明けましておめでとうございます。大変、ご無沙汰いたしました。休んでいるあいだ(なにも書かないでいるあいだ)、カウンターが好景気に回りつづけており、なんだか申し訳ない感じです。 この間、仕事が忙しかった、というよりは、なんだか発信す…