21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

今月読んだ捨ておけぬ三冊(4月編)

「臍のない男がいまも私の中に棲んでいる」と、サー・トマス・ブラウンは奇怪な一行を書きつけているが、その意味するところは、アダムの末裔なるが故に、彼は罪のうちに孕まれた存在であるということなのだ。ボルヘス『続審問』)

 「読書メーター」のまとめ機能をはじめて使ってみたので、前項ご参照ください。3月、仕事が忙しすぎてストレス多かったのか、4月は反動的にたくさん読んだようです。私の脳内では、絶賛SFフェア開催中なのですが、後半戦、ホラーばかり読んでいるので、やはりストレスが……

スタニスワフ・レム沼野充義訳)『ソラリス

 今回、新訳でソラリスを読んで気づいたことは、ものの動きがよく描かれているということだ。もちろん、沼野先生の訳業のおかげもあるだろうが、冒頭のシャトルの打ち上げから、スナウトが実にまずそうな肉を食べる場面、ソラリスの海のよう分からん動き、そしてハリーまで、ものが確実に動き、感覚を伝える。個人的にはとくにスナウトが肉とパンを口いっぱいに頬ばり、ワインで流しこむうしろで、ハリーが皿を洗っている、という場面が好きだ。ここはクリスに現実感を伝える場面、ただし現実でありながら確かにハリーも実在して動いている、ということを伝える場面なのかも知れないが、ともかくこの動きの連関されているようなされていないような感覚に魅力を覚える。

飛浩隆『グラン・ヴァカンス』

 『ラギット・ガール』もあわせて、飛浩隆の小説でいちばん魅力的なのは、確実な「リソース限られている」感。仮想現実の世界だからといって、何事もが可能なのではなくて、人数が多ければ処理が重くなるし、あるいは「経験」をオーバードーズすれば人が死んでしまう、ということも起こりうる世界観である。そもそも「ラギット・ガール」で明かされているように、「数値海岸」の世界は、意識を仮想世界にコピーすることがむりっぽいので、「情報的似姿」を送りこみ、その経験をのちほどインストゥールする、という過程を踏んでいる。その結果、『グラン・ヴァカンス』の世界では、大量のAIが消滅してしまった結果、世界そのものが鮮やかになり、オレンジジュースがいつもよりおいしくなる、という恐ろしい風景が描かれている。

グレッグ・イーガン山岸真訳)『宇宙消失』

 たぶん単体で取りあげる時間はないと思うので、あらすじを書いておくと、ある日突然夜空から星が消えてから33年が経過した2068年、テロリストの報復で妻・カレンを失った元警官の私立探偵ニックは、閉鎖された病院から抜け出した32歳の女性の捜索依頼を受ける。遺体に偽装されて新香港へ運びこまれたらしい女性のあとを追って、とある研究所に侵入したニックは、波動関数の拡散/収縮により、量子論的な可能世界をコントロールする実験を目の当たりにする。
 理系っぽくなってくるときわめて弱いのだが、最近この「観測者問題」うんぬんに関心がある。