21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

S.レム『ソラリス』 「会話」

「脳電図は完全な記録だ。無意識のプロセスもすべて含まれる。もしも彼女に消えてほしいと思っていたなら、彼女は死んでいたのだろうか。(263ページ)

 ひと月ほども前に、「この項続く」と書いた以上、続かないといけないような気がする。「SFは責任感が強い文学だ」とかなんとか言う記事のことだ。ただし、思い返してみれば上の一節を引用すればそれで済んだことなのかも知れない。科学者たちの仮定では、ソラリスは人間の無意識、あるいは夢から情報を読み取っている。X線で自分の脳波をソラリスの海に照射すると言われたとき、クリスはこれまで知らんぷりをしていた自分に立ち向かわざるを得ない。つまり、ここでは無意識も倫理(あるいは責任感)の対象となっているのだ。
 しかしながら、このように書いてしまうと、ソラリスの海が具象化する「意識の外のもの」を矮小化しているような気分になる。実際に、次章「思想家たち」とそのまた次章「夢」では、人間の感覚(この「感覚」には、物理学をはじめとするすべての科学的法則も含まれる)によって捉ええぬものが存在することが、たしかに描かれている。
 たとえばボルヘスなら、ここで永遠と夢を敷衍するかも知れない。たしかにレム(あるいはクリス・ケルヴィン)も、「無限」という概念を持ち出してはくるのだけれど、かれが意識の埒外においているものは、どうやら時間方向にはあまり拡大しない。どうやら私には、最終章「古いミモイド」で語られる「絶望する神」は、広大な宇宙に「偏在する私」のように思われてならないのだ。

「ねえ……と、彼女は言った。「もう一つ聞きたいことがあるの。わたし……そのひとに……とても似ているの?」
「前はとても似ていた」と、私が言った。「でもいまではもう、わからない」
「どういうこと……?」
彼女は床から立ち上がり、大きな目で私を見つめた。
「きみにさえぎられて、もう彼女の姿が見えなくなってしまった」
(「液体窒素」)