21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

J.D.サリンジャー『九つの物語』 第三話「対エスキモー戦争の前夜」

それは相手に聞こえたと見えて、彼は左足を窓際の腰掛にのせ、水平になった腿の上に怪我した手をのせた。そしてなおも下の通りを見続けていたが、「奴らはみんな、徴兵委員会へ行くとこなんだぜ」と、言った「こんだエスキモーと戦争するんだ。知ってるか、あんた」(80ページ)

 BLANKEY JET CITYに、それこそ「SALINGER」というタイトルの曲があるが、ベンジーに愛されるだけあって、この小説の登場人物はみんな病んでいる。体が悪いために、戦争中飛行機工場で働いていて、それでも酷い目に遭ったらしいセリーナの兄は、中では比較的分かりやすく病んでいるが、この物語の悲惨さは、吉行淳之介の痩せたふかしイモに匹敵する(吉行先生の小説のタイトルは忘れてしまった)。新品のボールから、タクシー代で女の子同士がもめることから、なんやかやと悲惨である。そして極めつけはCOLD TURKEY。ブランキーが「SALINGER」のなかで歌う「COLD TURKEY」は、きっとこの小説から出ているのだ、と思い込んでいたが、読み返してみるとどうやら私の記憶があやふやであったらしく、冷めていたのはチキン・サンドだった。どこまでも悲惨さに磨きのかかった小説なのである。

生きてるときと死んでる時が実はそんなに変わらないことだとしたら
Baby それとももっとよかったりして
噴水とびあがった水 落ちてしまうまで短いと感じるのか
それとも長いって感じるのか
 (Blankey Jet City「SALINGER」)

(『九つの物語』 野崎孝訳 新潮文庫