21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

W.S.モーム『モーム短篇選』 「ジェーン」

でも常識は関係ないわ。私の魂が反逆しているの。(「環境の力」)

 岩波文庫モーム短篇選』の上巻には、モーム個人史の年代的に言って比較的古めの作品が収められており、わりと文学的には単純な話の集まりである。実家が破産し、結婚の資金を稼ぐための業務修行としてハイチにいったものの、そこで人生の喜びとは何かを考え直してしまう「エドワード・バーナードの転落」、シンガポール駐在員の妻が犯した殺人とその真相を描く「手紙」、マレー半島の駐在員であった夫に現地妻がいたことを知るイギリス人妻を描いた「環境の力」、南部イングランドの保養地に現れた伝説の結婚詐欺師の物語「十二番目の妻」など、ストーリーテリングがシンプルで読みやすく、かつテーマもはっきりした短篇たちだ。(当方も駐在員の身としてはなかなか興味深いものもあるが)。
 これらの中でも「ジェーン」が断トツに味わい深いだろう。いまひとつぱっとしない老嬢のジェーン・ファウラーと、おなじく中年の年代には属するが、おしゃれで外見にも自信があるミセス・タワー。しかし、ジェーンが24歳のギルバートに求婚された時から、この二人の関係は逆転しはじめる。建築家のギルバートはジェーンに似合うドレスをデザインし、彼女を「プロデュース」して社交界に送り出す。社交界の人びとは、彼女に独特なユーモアのセンスを見出し、彼女は一気に人気者に。というテンポも速く色あざやかな作品だ。オチこそいまいちだが、熟女ブームの昨今、ドラマ化とかすると面白いかも知れない。

「奥様は六カ月もつだけと予想されましたね」
「今度は、三年にしましょう」夫人が言った。
(254ページ)

(『モーム短篇選』 行方昭夫編訳 岩波文庫 上・下)