21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

柳井正『一勝九敗』

現代人は情報によって行動することが多い。良い商品をおいておくだけでは売れない。どこがどのように「良い」のか、このプライスで、どこで、いつから売っています、とちゃんと告知しなければいけない。ユニクロ一号店を回転した二十年前と今とでは、世の中に流通している情報量は四百倍程度になっているという記事を読んだばかりだ。(94ページ)

 云わずと知れたユニクロの柳井さんの、自伝的な本だが、とんでもなく合理的な人で、とんでもなく合理的な本である。まず、本自体の目的が明瞭。「自分の経営に対する考え方、試行錯誤の実態、とくに数々の失敗を通して学んだことを披瀝することによって、読んでくださった方が行き詰まり思い悩んだときのだはのきっかけとなることを願っている」と、「はじめに」に書いてある通りの内容になっている。つまり、本そのものも商品として明確に成立している。上の引用からも分かるが、ちょっとした記事を読んだときでも、私のように「人間観がゆらぐ」とかなんとか言いはせず、自分の会社にとって何が必要かをそこから見分ける。尋常ではない明晰さである。そして、その明晰さによって、明らかに時代を切り拓いてきた。
 「失敗から学ぶ」というのが本書のテーマである。著者は、自分がワンマン経営者であったことすら、「生きるか死ぬかの勝負をしていた時代」には必要だった、としながらも、そのときに「このままでは行き詰ってしまう」と感じている。ここに非凡さを感じる。ビジネスのみならず実人生でも、ふつうは「成功体験」にしがみついてしまうものだが、ユニクロの場合の「成功体験」とは、ただ「失敗を失敗として認め、失敗から学ぶ」という一点のみである。なぜ失敗したのか、情理的に悩むのではなく、合理的に回答を出さなければいけない。口で言うのは簡単だが、そうそう合理的な回答など出るものではない。また、たとえ出たとしても、他人に「ちがうんちゃう?」と言われたら迷ってしまう。
 そこらへんを押し通せたあたり、やはりワンマンな人なのだ、と思うが、ワンマンなだけの責任は十二分どころか百分くらい果たしている。ともかく、本を開いたとたんスピード感に圧倒される。おすすめです。

すべてが順調に見えたとしても、「仮の姿」と思わないといけない。(177ページ)
 

(『一勝九敗』 新潮文庫