21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

松井浩『打撃の神髄 榎本喜八伝』

ふと飛行機の窓の外を見ると、地上に赤茶けた大地が広がっていた。緑などどこにも見当たらない、地球の地肌を剥き出しにしたような赤茶けた大地だった。やがて大地がなだらかに盛り上がり、丘になっているのが見えた。だが、ふもとから丘の上まで、道らしきものは何もなかった。あそこへは、どうやって行くのだろうか。ひょっとすると地球が誕生してからいままで、あの丘の上に足を踏み入れた人はまだ誰もいないのではないか。そんなことを考えていると、地球という惑星の長い長い歴史の中では、自分がバッティングと格闘してきた数十年の年月など、ほんのちっぽけなことのように思え、ひどく淋しい気持ちになってきた。(第七章 絶望)

 著者はくしくも前に取り上げた、「西本幸雄江夏の21球」の筆者とおなじひとなのだが、ひとつのドラマを多くの人の証言から切り取る技法、また、野球を語るにあたって身体論(と、言うか身体の使い方)にまで踏み込めるたしかな語り口が魅力の一冊である。伝説の打者、榎本喜八の「合気打法」についても、「臍下丹田」という言葉にとどまらず、体内の筋肉の動きまで語ってしまうダイナミックさがとても心地よい。
 バッティングを求道者のように極めようとした榎本を主軸にしたドラマは、すごく盛り上がっているが、私としては、最終章、年齢を重ねて本来のバッティングができなくなっているのに、一度達した「神の域」にこだわり続ける主人公と、肩を壊して軟投派になった足立光宏との対決が心に残った。相手を「かわす」ピッチングになっている足立を「成り下がった」と捉える榎本と、そのピッチングで剛球が投げられた頃の何倍も神経をすり減らす足立の対比。全巻、ドラマに満ちた一冊だが、この一節がいちばん光っているように感じた。

(『打撃の神髄 榎本喜八伝』 講談社