21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

小松左京『日本沈没』 第一章「日本海溝」

だが今回の場合は、何か異様だった。一つ一つの分野で見ればいかにも毎年くりかえされる、自然災害との闘いのバリエーションにすぎないようだったが、その影響のあらわれはじめた分野すべてを合わせて遠望してみると、そこに嵌絵のように、何か不気味なものの形――まだ、さだかでない、ごくあわいかげりのようなものの輪郭が、うっすらとあらわれてくるような感じがするのだ。(第二章)

追悼読書。小松左京さんのご冥福をお祈り申し上げます。
 実ははじめて読むのだが、この本はすごい。何もかもが動いている。ものの動き、を記述するということのむずかしさを、最近やっと感じはじめていて、『ソラリス』の冒頭の宇宙船のシーンに感心してしまうのだけれど、この第一章の深海潜水艇「わだづみ」のシーンはそれに匹敵するほどである。もちろん「わだづみ」のみならず、操縦する小野寺も動いているし、なによりも海底が動いているのが感じられる。(田所先生はそんなに動いてないけど)。
 実は第一章の末尾、「そこに何が起こりつつあるのか?」みたいな盛り上げ方は、そんなに好きではないけれど、小野寺や、語り手の五感に訴えかけてくる動きだけではなくて、純粋に「わだづみ」の動きがきちんと描写されていることで、アオリ文句以上の高まりが読む側にも感じられる。すごい小説である。