ミステリをたくさん読む(6月)
30年間つきあった差し歯が根元から折れ、前歯を抜く羽目になった。親知らずを抜いた時にも、そこそこの感慨はあったが、仮にあれは抜くことが当たり前の部分だったとすれば、最後まで使うつもりだった自分の一部を失うのは、これが初めてのことになるのだ。
だからと言うわけでもないけれど、読書も低調。ミステリは4冊しか読めなかった。
原尞『私が殺した少女』(ハヤカワ文庫)★★★★☆
若竹七海『八月の降霊会』(角川文庫)★★★
ランキングがハードボイルド、しかもチャンドラーと若竹七海に偏ってきたので、出来るだけ初読みの作家を入れていこうと思ったのだが、結局ハードボイルドが一番上に。おそらくこれは様式美の問題なのだろう。
私は上衣のポケットを探って新渡戸稲造を一枚見つけると、バーテンダーの指が栞代わりをしている文庫本のページに差し込んだ。
「きみへのチップだよ。『悪霊』も読みたまえ」
「どうも、恐れ入ります。失礼ですが、これは坂口安吾ですので−−」彼は顔色ひとつ変えなかった。プロはそうあるべきだった。
私はすでに酔いが醒めていたが、今夜の私にはプロとしての自覚があったとは言いがたかった。(『私が殺した少女』 147−148ページ)
ひたひたひたっ……
それが井戸の側からこちらへと、自分の方へと向かって来る気配を感じ、背筋にぞっとする震えが走った。
(ああっ……い、厭だ……来るな! あっち行け! 来るなぁ……)
大声で叫びそうになるのを、何とか必死に堪える。この木の裏に隠れていることを、まだそれには気付かれていないかもしれない。なら、わざわざ自分から知らせる必要はない。そんな冷静な判断をする一方で−−(『首無しの如き祟るもの』 121−122ページ)
今回、原尞と三津田信三に一点差をつけたのは、このどちらの描写を好むか、という話ではある。トリックを中心にミステリを読むならば、『首無しの如き』の方が優れているのは間違いない。ただ、このランキングの一貫した基準として、小説としてのプロットの面白さ、ということは持っておきたいと思う。
他の二冊について。『教場2』は前作のホラーめいた心理描写を期待していたのだが、若干やわらかめの内容だった。『八月の降霊会』は、やはりちょっとプロットがきつかった、と。
『錆びた滑車』
『高い窓』
『満願』
『静かな炎天』
『春にして君を離れ』
『涙香迷宮』
『私が殺した少女』
『ブラック・ダリア』
『さよならの手口』
『ブラウン神父の童心』