21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

『桂米朝コレクション4』 「帯久」

焼き払ろうてこまそ、ほんまに(28ページ)

 「帯久」ほどリアルな噺はない。東横堀で繁盛する呉服屋を経営していた和泉屋与兵衛のところに、同じ町内の帯屋久七が無心にくる。かれは商売の運転資金を借りにきているだけで、一定の期間をおけば返しに来るのだが、あるとき帯久は、与兵衛が忙しさにかまけて置き忘れた百両を持ち去ってしまう。懐のおおきな与兵衛のこと、事を荒立てず、内心帯久のことを軽蔑しただけで忘れてしまおうとするのだが、帯久はこの百両を元手に、何を買っても粗品進呈という大胆な(?)プロモーションをしかけ、大成功する。一方、和泉屋のほうは、何の歯車が狂ったか、家族に病死は出る、番頭は掛金をくすねて放逐する、挙句の果ては火事で店が丸焼けになってしまう、という不幸の連鎖に遭い、とうとう帯久に無心をしなくてはならないようになってしまった……
 と、いうのがあらすじだが、陰気で小ずるい帯久は大阪の町で嫌われているものの、やっぱり大阪の人は実利によわいのか、商売では成功する。一方、人格者の与兵衛は、最後になんだか『ヴェニスの商人』のような大岡裁きで救われるものの、商売では成功しない。勧善懲悪の物語としてみれば楽しいのだが、因業爺だが、同業者に頭を下げたり、相手を出し抜いたりしながら、何とか商売を回してきた帯久と、不運が続いたとはいえ、出し抜かれて一家を路頭に迷わせた与兵衛と、経営者としてどちらがえらいのかしらん、と思ったときには迷いが生じる。このへん、不気味にリアルである。しかも、帯久がしかけるプロモーションは、彼らしく品がなく、このへんまたまたリアルである。
 最終的には世間一般の倫理観が勝つ、と思いたい人びとの気持ちには充分応えつつ、この噺は裏面に現実の厳しさ、不気味さをたたえている。

(『桂米朝コレクション4 商売繁盛』 ちくま文庫