21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

ダイジェスト版

 3月は出張に明け暮れ、さらに4月はモスクワで残った業務の処理に明け暮れ、いつの間にやらこの国ですら春になってしまった。この2箇月くらい、飛行機の中で少しばかりの本を読んだだけだが、少しでも更新しておこう。
 ロンドンでは、カズオ・イシグロ遠い山なみの光』を読んでいた。ロンドンに住む娘に自殺されてしまった日本人の母親が、若いころ長崎で出遭った母子の姿を思い起こす物語である。あたかも幸せという要素がミステリアスであるかのように描かれた、ふしぎな触感の本。その後、現地でJeffrey Eugenides "the virgin suicides"を買って読み始めたが、別にロンドンに死にに行ったわけではない。
 ロンドンから帰国して一週間あまりで、みじかいパリ出張があった。未読の本のストックのなかからパリに関する本を探していたら、鹿島茂『パリ五段活用』が見つかったので、これ幸いと往復の飛行機で読んでいた。鹿島氏の本にはたまに、「フランスからネタ拾ってきて並べただけじゃん」と思われるものもあるが、この本はフランスおよびパリへの適度な批判精神もスパイスとして生きており、とてもおもしろかった。パリの街で食べるバケットのうまさを聞いてからは、ホテルの朝食にも愛着が湧く、というものである。
 続いて日本出張。日本に関する本がなかったわけではないが、なぜか平野克己『南アフリカの衝撃』を持って行き、飛行機で読んだ。世界市場の中での南アフリカ経済の立ち位置についてクリアに書かれていること、アパルトヘイトネルソン・マンデラなどの歴史的事情についても、肌で感じた内容を含めて生き生きと書かれていることなど、最近の新書にはめずらしく、ずしりと読み応えがある。
 日本出張はずいぶんと長かったのだが、本を読むヒマなど皆無で、その後に続くウラジオストク出張でやっと飛行機での読書が復活。重いものを読む気力もなかったので、奥田英朗『サウスバウンド』を読んだのだが、もと学生運動家のお父さんがひたすら権力と闘う話で、なにをこれ以上闘うのかと。その後、数日だけモスクワで通常業務があり、その間に垣根涼介君たちに明日はない』を読んだ。言わずと知れたリストラの本だが、おもしろかった。
 その後、ロシア南部のエカテリンブルクに出張。これもかなりのハードスケジュールで、本を読む時間などなかったのだが、少しずつ宮部みゆき『楽園』を読み進めた。『模倣犯』に登場した前畑滋子が、サイコメトラーの小学生が残した過去を追う話である。というか『模倣犯』よりずっとおもしろかった。
 やっと本を読む時間が少し復活し、村上春樹『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』を読む。正直、村上春樹の『グレート・ギャツビー』にはそんなに感心しなかった(なんだか漢字が多すぎてリズムが悪いように感じた)のだが、この本に収められた『リッチ・ボーイ』の翻訳にはすなおに感動した。それは、すくなくとも村上春樹が30代のときに訳したものであるからかも知れず、ひょっとしたら、私も60になれば村上訳『ギャツビー』に感動するのかも知れない。