21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

J.ラヒリ『停電の夜に』 第3話「病気の通訳」

ほんの一瞬でいいから、ぴたりと停止した抱擁を、わが神像に見てもらいたいという気持ちに駆られた。(98ページ)

 人間は身勝手な生き物で、病院で病人の通訳をしているカパーシーの身勝手な妄想と、旅行者の奥さんの身勝手な告白がからみ合うことによって、この短篇は生まれている。そしてこの小説の結末では、身勝手の結晶を猿たちがたたきのめす。最後には、哀れなボビーと、哀れな身勝手が後味悪く残される。
 後味は悪いが、読後感はわるくない。人間は身勝手で、それでもしょうがない、というような気持ちにさせられる。

そういう合間にセン夫人は英語に直してエリオットに聞かせた。「ヤギの肉が二ルピー値上がりした。市場のマンゴーは甘みがない。カレッジ・ストリートに水があふれた」ここで夫人はテープを止めて、「わたしがインドを発った日のことよ」(「セン夫人の家」)