21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

栢俊彦 『株式会社ロシア』第一章、第二章

筆者の皮膚感覚では、ロシアが欧州文明社会の入り口に立つのは、市場化プロセスが順調に進んだとしても三〇年後くらいだろう。(「はじめに」)

 本書は、駐在経験の長いジャーナリストによる、良質のロシア現代史の解説書であり、計画経済から市場経済へと、欧米を模倣しながら、急速な転換を図ったロシア経済が、その特殊な土壌の中で、「それ流」の市場経済へと発展していくストーリーを描いたルポでもある。断片(フラグメント)としては、悪い冗談としか思えないロシアの経済ニュースを、一貫したものとして捉えなおす機会として、本書は非常に読みがいがある。

 第一章の冒頭では、与党・統一ロシアと中小企業団体「実業ロシア」が開いた、経済フォーラムが紹介され、実業ロシアの代表、チトフの政府に対する「提言ペーパー」の内容が詳しく書かれる。近年経済成長を続けてきたロシアだが、資源の輸出と加工製品の輸入依存度が高まっているだけで、国内産業を育成する方策はとられておらず、「中小企業の発展なくして民主主義は実現しない」、とチトフは言う。(余談だが、本書の図表は非常にすぐれており、このくだりに挿入された、GDP、固定資本投資、鉱工業生産の伸び率を一つにまとめたグラフは、門外漢の私に対してもたいへんな説得力がある)。加えて、経済誌『エクスペルト』の主幹、ファデーエフの、「二〇年後を見据えた国家ビジョン」を成立させるためには、あらたな思想的支柱が必要である、とする論が紹介され、新しいロシア独自の市場経済を模索する動きが俯瞰されている。
 第一章の後半では、名前はよく聞く「ユーコス事件」(国内二位の石油会社ユーコスの会長、ホドルコフスキーが逮捕され、シベリア送りになった事件)が詳しく解説される。親欧米で、政界にも影響力を持っていたホドルコフスキーの逮捕を、国民は国家の財産を盗んだ悪党に対する「お上による正義の復活」と捉え、自由主義陣営は「国策逮捕」に警戒心を強めた。この動きが欧米追従の市場経済化を終了させ、ロシア独自の市場経済を模索する動きのを決定づけた、と筆者は考える。

 第二章においては、ロシアの「会社は誰のものか?」(そう言えば、そんな名前の本があった)が徹底して語られる。ソ連崩壊後、民間企業の株式を取得できるバウチャーを国民一人一人に配布して、国営企業は無理やり民営化された。(価値のわからない人は、このバウチャーをウォッカに替えて飲んでしまった、というエピソードがいかにもで面白い)。その後、九四年から、有力銀行家・企業家のグループが、国家資本を担保に国に融資をすることにより、結果的に国営企業を安く買い叩くことによって、新興財閥(オリガルヒ)が形成される。このようにして形成された巨大企業が、私服を肥やすだけの「泥棒貴族」となるか、あるいはよき企業市民として、社会全体の発展に貢献するか。筆者はこの問題を、いくつかの会社をウオッチしながらこ考え続ける。どうやら筆者は、後者の存在、そしてその発展に、ロシア独自の市場経済の希望を見出しているらしい。もっとも、いつどこでなにが一気に転覆するのが分からないのがロシアである、という認識は持ちながら。

(『株式会社ロシア 渾沌から甦るビジネスシステム』 日本経済新聞出版社