21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

K.イシグロ『わたしを離さないで』 感想その①

 二年間も更新を放置しているうちに、イシグロがノーベル賞を受賞してしまった。それはとても良いことなのだが、前回の『わたしたちが孤児だったころ』の感想も途中で放棄している身としては、なかなか感想文も上げづらい。しかし、もういちど『わたしを離さないで』を読みたくなって二回も読んでしまったので、何回かに分けて感想を書こうと思う。
 さて、イシグロの代表作を選べと言われれば、文学好きを自称する者にとって、『わたしを離さないで』はなかなか選びづらい。
 まず、SF的な設定が大仰。かと言って、SFミステリとして読めば、構造がだらしないので、すぐにネタバレしてしまう。実はそれほどストーリーが頭に残らないくせに、適度にエモいシーンがあって、飛ばし読みでもけっこう泣ける。なんだか壮大なテーマがあるようにも見えるが、議論を楽しめるほどには理論化されていない。極めつけに、キーラ・ナイトレイで映画化、綾瀬はるかでドラマ化……好きとか言ったら、初心者扱いされるのではないか。やはり通ぶるなら、『忘れられた巨人』をイシグロの代表作として選びたい。本当に好きなのは『日の名残り』だけれども、というのが私の正直な気持ちだ。
 しかし、一見、平坦な口調で語られたわかりやすい悲劇に見えるこの作品は、読み返せば読み返すほど、謎が深まる構造を持っている。一読したら、迷わず最初のページに戻り、もう一度読み返すことをお薦めする。いかに多くのものを、すでに忘れてしまっているかに気づいて、愕然とするだろう。この作品のテーマは、記憶と忘却ということにほかならないのだから。
 ここからは、この小説が、いかに忘れやすいか、ということを書いていきたい。