21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

『日本野球25人 私のベストゲーム』「西本幸雄と江夏の21球」

西本は、そうも思っている。しかし、佐々木が甘いボールを見逃すきっかけとなったのは、西本の頭の中にある言葉と、口をついた言葉が違っていたことだった。西本が思わず「サインをよう見とけ」と話した時、西本の頭の中には19年前の満塁スクイズ失敗のシーンが、すでにチラついていたのかもしれない。(277ページ)

 ある意味、東大出の野球選手としては現状でもっとも成功していた小林至が、1年前の杉内の契約更改における失言で失脚したあと、編成部長となった石渡茂は、「江夏の21球スクイズをはずされた人」だった。およそ、あまり美しくないこの一連の流れの中に、多くの人の人生がつまっていることこそ、野球を観ることの面白さだと思う。
 この本はSports Graphic 『Number』の25周年を記念して、日本を代表する野球人25人に1980年から2005年までのベストゲームについて聞く、というものだが、その巻末に特別編としておさめられているのが、この「西本幸雄江夏の21球」である。いわずと知れた山際淳司の「江夏の21球」を本歌取りとして、松井浩が負けた近鉄側の視点から書いたノンフィクションだ。私に判官贔屓の傾向があることは否めないし、もちろん本家あっての本歌取りだが、それでもこの一編は本家「江夏の21球」より面白いのではないか、戸すら思う。
 ポイントは、近鉄・広島の日本シリーズ以前にも、西本監督が、日本シリーズの満塁の場面でスクイズを外される経験を持っていたことだ。ミサイル打線の大毎を率いて、大洋と戦った1960年の日本シリーズ。第二戦でワンナウト満塁のスクイズを失敗した大毎は、そのままずるずると日本シリーズを落とし、西本は監督の座を追われることになる。
 この場面が79年のシリーズでもフラッシュバックする。そこに、西本という指導者がいかにして「猛牛打線」を築いてきたか、という取材内容も塗り重ねられ、この作品に一層の深みを与えていく。これは、必読の一編と思う。

(『Sports Graphic Number編 日本野球25人 私のベストゲーム』 文春文庫PLUS』)