21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

永井荷風『ふらんす物語』 「船と車」

例えば、見渡す広い麦畑の麦の、黄金色に熟している間をば、細い小道の迂曲して行く具合といい、已に収穫をおわった処には、点々血の滴るが如く、真っ赤な紅罌粟(コックリコ)の花の咲いている様子といい、または、その頂まで美事に耕されて、さまざまの野菜畠が種々(さまざま)に色別(いろわけ)している小山や岡の高低といい、枯草を山のように積んだ二頭立の馬車が通って行く路傍(みちばた)には、正しく列をなして直立している白楊樹(ブーブルヱー)の木の姿といい、あるいは野牛が寝ている水のほとりの夏の繁りといい、その位地、その色彩は、多年自分が、油絵に見ていた通りで、いわば、美術のために、この自然が誂向きに出来上がっているとしか思われず、それがため、「自然」そのものが、美麗の極、已にクラシックの類型になりすましているようで、かえって、個人的の空想を誘う余地がないとまで思われた。(14ページ)

ふらんす物語』は、どんなガイドブックよりフランスに行ってみたくさせる一冊である。とはいえ私は出張で行ったことがあるので、すべてに仕事の思い出が染みついたシャンゼリゼ、ルー・ド・リボリ、ブローニュなどを、そんなに賛美されるとこそばゆくもなるのだが。
 文学者というのは否定したり、文句を言ったりするためだけに生きているように思えるので、荷風がここまでフランスを賛美することは不思議にも思える。漱石のイギリス留学とか、遠藤周作が『留学』で書いたような東洋人に隔絶したリヨンは微塵もなく、荷風はフランスを満喫している。そして描く物語はと言えば、わりと取るに足りない話ばかりである。(「祭りの夜がたり」という一編が私は比較的好きだが、内容のレベル的にはお笑い芸人の風俗漫談、あるいは「やしきたかじんがロシアでソーニャにだまされた話」、に近い)。
 しかし冒頭、アーブルの港からパリに行く急行列車の中で(ところで、この章はそもそも『ふらんす物語』の一部ではなく、『あめりか物語』の附録らしいのだが)、荷風は既にフランスの自然が、「クラシックの類型になりすましているようで、かえって、個人的の空想を誘う余地がないとまで思われた」とまで言っている。つまりはこの時点で、フランスの内奥に入りこむことなど諦め、フランスの19世紀文化が伝える美に浸ることを目的に暮らしているのだ。
 あるいはこれが、究極の異国の楽しみ方なのかも知れない。荷風はいかにフランス語を勉強し、モーパッサンの世界に近づきたかった、と言っても、ナボコフやブロツキーのように(あるいはもう少し精神的に近い人として、ミラン・クンデラのように)現地語で書くまでには遠く至らない。あるものをあるがままに受け入れ、そこで自分の感覚を遊ばせるのだ。

 自分は何に限らず、きちんと整頓しているものよりも、乱れたものの間に無限の味いを掬み出す。整頓と秩序とは、何の連想をも誘わないからね。
 君はどう思うだろう。自分には、汚れがないと称される処女というものは、如何に美しい容貌をしていても、何らの感興を誘う力さえないが、妻、妾、情婦、もしくはそれ以上の経歴ある女とみれば、十人が十人、自分は必ず何かの妄想なしに過ぎ去る事が出来ない。
(「祭りの夜がたり」)

ふらんす物語』(岩波文庫