21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

Alaa Al Aswany "The Yacoubian Building"(2)

Yacoubian Buildingには金持ちから貧乏人まで、いろんな階層の人が住んでいるのだが、その中の一人、門番の息子タハは警察官になるのが夢である。日銭を稼ぐ仕事に追われながらも、学校での成績はトップ、彼の才能をやっかむ人びとの意地悪にもめげず、ひたすらに警察学校を目指している。彼のモチヴェーションを支えているのは、恋人のブサイナの存在かもしれない。だが、ふるいつきたくなるほどの美人なのに、彼女は最近元気がない。父親に早く死なれ、幼い兄弟を養わなければいけない彼女は、やとい主にたび重なるセクハラを受けているのだ。やとい主を拒否してはクビになっている彼女は、親類のおばさんのアドバイスで、彼らに身体を売るようになる。だから、出自を理由にタハが警察学校の試験に落ち、絶望の淵に沈んでも、彼女にはもう彼を理解できない。やがてタハは大学の経済学部に進み、地方出身者の中に紛れれば、貧乏でもカイロ出身の俺はまだ身なりがましな方じゃないか、と思いながら、イスラム原理主義学生運動にのめり込んでいく。
 この二人のエピソードが、この小説の柱をなすが、他にも魅力的な人物が多々登場する。ハキム・ベイは革命前の貴族の出身で、フランスに留学したこともある技師だが、自分が没落したことよりは女性への興味で頭の中が占められており、やっとものにした、と思った女に騙されて、姉の大切な指輪を盗まれてしまう。姉が弟を訴えたことから、ハキムの転落ははじまり、怪しげな兄弟に財産を狙われたりもするが、基本頭のなかが明るい人なので、それほど不幸にはならない。その他にもフランス系地方紙の主筆であるゲイの男と、その恋人(もちろん男)の物語、議会に打って出るために怪しげな「Big Boss」に賄賂をつかう実業家と、彼の性欲処理のために雇われた二人目の妻の物語など、愛欲に満ちた、しかしどこか神へのうしろめたさを抱えた人びとの運命が、ほどよく絡み合いながら小説が進んでいくので、なかなかプロットから目を離す気になれない。
 現代エジプト、カイロの世相を描いた、と無責任に言うのは簡単だが、どこまでが本当のカイロなのかは分からない。どうやら作家自身は、ディケンズバルザックの世界をイメージしているようで、そう思った方がすっと作品世界に入っていける。なるほど現代バルザックの活動場所としては、カイロがいちばんふさわしい場所なのかも知れない。