21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

小松左京『日本沈没』 第二章「東京」

「マイホーム」化した社会の中では、主役の座は女性によってうばわれつつあり、男はいつまでも、家庭の中で過保護状態で育てられた子供のように、ひよわでいつまでたっても幼児的であり、あるいは女性化するのは当然である。このままでは、男はますます小アユ化するであろう(第三章)

 この小説の第二章って、一大スペクタクルなので、ここでこのネタを振るのははばかられるのですが、『日本沈没』を読んで気にかかるのは、女性の腋臭、という描写が複数回あること。まず、第一章の2ページ目で早くもハイティーンの少女の腋臭が登場し、第二章でも、東京の熱暑を描写するにあたって、「まるで、ぶくぶく太って、汗だらけの、腋臭女の裸にだきすくめられるみたいだ」、という表現が。
 べつに匂いフェチではないので、そこに興奮はしないけれど、時代は感じる。いまやハイティーンの女性はもちろん、たいがいの男からも腋臭はしまい。一方で、引用部に引いたような、つい最近のメディア記事か、と思われるような記述もあり、このギャップが魅力だ。ただ単に、女の強さを書いているだけかも知れないけれど。