21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

ダイジェスト版

 ご無沙汰しております。日本に一時帰国したり、その前はモスクワが38度の酷暑で、さらには森林泥炭火災の一酸化炭素中毒なども加わり、まったく書けずにおりました。日本ではけっこう本を読んだので、恒例のダイジェスト版でお送りします。
 帰国途上の飛行機で読んだのは、森絵都『カラフル』(文春文庫)、主人公の魂が、天使の気まぐれにより自殺した中学生の身体に入り、もう一度人生をやりなおす、という筋立てだが、文章がどうにもアレなのはさておき(「悪徳商法の容疑で起訴された」などと書いたら、たとえ小学生の作文でも、せめて「詐欺の容疑で起訴された。つまりは悪徳商法だ」となおしてあげたい)、中学生の自殺した理由がどうにもいただけない。母親の不倫、後輩のエンコーはまだしも、父親が自分勝手だとか、大学受験のストレスを抱えた兄貴にきつくあたられるとかいう理由で、作中人物を殺してもいいものだろうか? 作者も途中で気づいたのか、後半のおもなポイントは母親との関係にしぼられるが、それでも母親が不倫して自殺しないといけないのなら、日本の自殺者は3万人ではおさまらないだろう。ある種、フィクションは不幸や幸福といった感情の「閾値」を設定してしまう部分があるので、どうやらアニメ映画化されるようでもあるし、書いた人は、「僕は殺人を犯したんだね……」くらいは自戒して欲しい。
 ただし、悪口ばかり書いたが、作品自体の読後感はポジティヴだ。この筋立てて、「人生は最悪なようで実にすばらしい」というありきたりな結論に達するために、「お前には黙っていたが、実は……」みたいな告白のシーンを五、六回もくりかえしているが、案外この告白がよく書かれていて、「だったらしょうがない」くらいの共感は呼ぶ。自殺なしで書いてくれたら、すなおに共感できたかも知れない。
 つづいて蜂飼耳『転身』(集英社)。若干関心のあった若手詩人なので、はじめての小説が出版されたとき購入していたが読まずにいたもの。北海道でマリモを売る話なのだが、いまひとつ、何を書きたいのか伝わってこなかった。これに比べれば『カラフル』のほうが、書きたいものがあるだけよいと思う。
 映画関連で、柳下毅一郎江戸木純『バット・ムービー・アミーゴスの日本映画最終戦争 邦画バブル死闘編』(洋泉社)。内容はタイトルから推して知るべしだが、ダメっぽい日本映画を観て、徹底的にこき下ろす本なのでストレス解消にはなる。ただ、かけあいは『映画欠席裁判』の方が面白い。ところで、この本を読んではじめて気づいたのだが、2007年から2008年にかけて黒澤映画のリメイクが大量に生産されたようだ。影響で『隠し砦の三悪人』(オリジナルのほう)のDVDを買ってしまった。
 もうひとつ、映画関連ではミシェル・テマン『Kitano per Kitano 北野武による「たけし」』(松本百合子訳、早川書房)を読んだ。フランス人ジャーナリストがインタヴューをまとめたもので、日本では有名な話も多いが、北野監督が率直に悩んできた姿が描かれており、読む価値はある。なによりも、私自身が海外でゲイシャだサムライだ、という程度の日本観しか持っていない外国人と仕事をしていて、たまに「Dollsを観た」というような人と話すとほっとするので、こういう本が外国語で書かれていること自体に価値があると思う。
 長い休みのあと、翌日から出社しないといけないと思うと、なぜかかならず鬱っぽくなる。そんなとき、なぜかスプラッタ映画を観たり、ホラー小説を読んでしまうのだが、これは酷い目にあっている登場人物を見て、オレはまだましだ、と思いたい小さい人間性によるのかも知れない。今回は、平山夢明『いま、殺りにゆきます』(光文社文庫)と、『他人事』(集英社文庫)を連続で読んだ。二冊とも解説がすぐれていて、富樫義博による『他人事』の解説もよかったが、「(平山夢明の世界には)幽霊や怪物は登場しない。人間がいちばん恐ろしいと考えているからだ」、とする町山智宏の解説にはなるほど、と思わされた。帰国して見た日本にはイマイチ元気がなく、100歳以上の老人が消えて、親類が年金を詐取していたというニュースばかりが流れていて、なんとなく日本が精神的にも経済的にも貧しい国に思えてしまって辛かったからかも知れない。
 本田透『ろくでなし三国志』(ソフトバンク新書)も読んだ。バブル期に『三国志』が流行ったが、これは『沈黙の艦隊』を読んで国際情勢を知ろうとした漫画脳の政治家たちをはじめとするバカな大人たちの誤読で、国が戦乱で荒れまくった上に、優柔不断でだらしない英雄たちがさらに中国を荒らしまくった三国志の時代は、リーダー不在で不況のつづく現代にこそ似ている、という趣旨の本。自らの文章を「芸」と呼ぶ本田氏は、たくさん新書を書いているが、前の『ケータイ小説はなぜ売れるのか?』も含め、ソフトバンク新書で書いたものは一段深みがあるような気がする。
 これも映画化されるという、桐野夏生東京島』(新潮文庫)も読んだが、キリノ作品としては『OUT』以来のヒットだと思う。これまで『グロテスク』や『残虐記』などは、テーマが大振りに過ぎて、逆に人間が描けていなかったような印象を持っているのだが、『東京島』は、無人島に女1人、男23人が漂流する、というような大上段の構えにもかかわらず、つねに視線がクールで夢中で読んでしまった。個人的に好きなシーンは、無人島で死んだ隆が日記に延々と食パンの魅力を書き綴っている場面だ。
 暑かったせいかも知れないけれど、久々に見た日本は疲れている気がした。もうひとつ、佐藤優『自壊する帝国』も読んだが、これについては別途稿をあらためたい。