21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

雑感:ロシア語マンガ事情

 アメリカとかフランスで日本のマンガが受けている、というのはよく聞く話なのだが、さてロシアではどうか、という話になると、英語から重訳されたらしきポケモンセーラームーンがむかし流行っていたものの、今はそんなに有名ではない、というのが公式回答になるだろうか。たとえば宮崎駿の評価についても、翻訳・紹介はされているものの、西欧におけるほどの知名度はないように思われる。
 しかし最近、本屋で日本のコミックスサイズの翻訳を見かけるようになってきた。前から気になっていたのだが、いい歳こいたオッサンが『NARUTO』とか『DEATHNOTE』とか買うのもどうかなあ、と思っていたが、先週、なぜか気が向いて『DEATHNOTE』(ロシア語題は「チトラーチ・スメールチ」、「死のノート」でそのまんま)を購入。いざ買ってみると、小1のときに『ドラゴンボール』の連載が始まったようなジャンプ黄金世代の血が騒ぎ、言語の壁もなんのそので、夢中で読んでしまった。そうだよなあ、さすがに『デスノート』は大学院くらいのときに始まったから、あまり真剣には読んでなかったけど、土方茂(=作画の小畑健先生のことです)先生はにわのまことのアシスタントで、『サイボーグじいちゃんG』とか描いてたのに、『ヒカルの碁』で出世したんだよなあ……などと、どんどん元来のオタクの魂が甦ったのである。
 さて、ロシアといえば中国と並ぶスーパー海賊版社会で、はたして版権は大丈夫かと思われるが、購入してみるとちゃんと奥付に、「本書は2003年に日本で出版され、当社はちゃんとアメリカの会社を通して、集英社から翻訳権を買っていますよ」というむねが書いてある。ネットで調べてみると、出版元のEKSMO社はエンターテイメント系を中心に、多くの書籍を出版している大手出版社。版元のCOMIX-ART社はこの会社と提携しているサンクト・ペテルブルクの会社で、ジャンプ系を中心に多くの日本語マンガの翻訳を手がけているらしいが、ホームページのコメントでは、「日本におけるマンガは単なる通俗読物を超えた存在であり、日本の出版物全体のおよそ4分の1を占める。7歳から80歳まで楽しめる文化なのである」とか何とか言うことが書かれていて、なかなか真剣にこの「マンガ」という文化を輸入しようと努めているようだ。(なお、翻訳者の性格なのか、作品についてもかなり考証が細かい。下に「デスノート」のワンシーンを写真に撮ってみたが、「紅白歌合戦は1951年より大晦日に放映されているNHKの人気音楽番組」とか、「2003年の大晦日には、元横綱の曙と元アメフト選手のボブ・サップが対決し、多くの視聴者の関心を集めた」とか欄外の註がこまかい)。
 本そのものも大変よくできている。一単語が長いロシア語を違和感なく小さなフキダシに収めるために、独特のフォント、しかも大文字のみでセリフが書かれていて、私のようなガイジンにも読みやすい。しかも、最後のページ(=つまり、横文字の本で最初のページに当たる)には、「ストップ! これは最終ページです。オチから読んでしまって、がっかりするつもりですか? マンガはかくかくしかじかのように読みます」と図入りでマンガの読み方を解説。なかなかリーダーフレンドリー(そんな言葉あるのか?)な本なのである。
 閑話休題。COMIX-ART社は2008年から活動しているらしいが、最近本屋で見かける回数も増えてきたし、当然の流れとしてWEBでも売っているようなので、これから急速に売上を伸ばすのではないかと思われる。しかも、今日本屋に行ったら、キラーコンテンツというべき『ドラゴンボール』(ロシア語名:ゼンチューグ・ドラコーナ、なぜか「竜の真珠」)がついに発売されていた。これは、ロシア社会のオタク化が急速に進むと同時に、正しい(つまりは、ゲイシャやフジヤマではない)日本イメージがひろまるのではないか、と期待されるが、一方で、ロシアでビジネスに携わる人間としては不安な側面もある。
 これは私の持論なのだが、安価なポップカルチャー(ちなみにロシア語訳マンガの店頭価格は約170ルーブル=510円。WEBで買うと100円くらい安いらしい)が拡がれば拡がるほど、社会はひきこもり化し、経済は活性化しなくなる。いまのロシア人は収入拡大に対して貪欲なことこの上ないが、今後、マンガやテレビが面白くなっていけば、だんだん「草食化」が始まるのではないだろうか? 大体、日本人の私にしたところが、ロシア語『デスノート』一冊よむのに2時間かけてたいへん満足しているのだから、この勢いで数十年におよぶ日本のマンガ文化がロシア人を直撃すれば、もともと、『地下室の手記』を生んだひきこもりエリートの国だけに、すごくひきこもりになるのではないだろうかと思われる。

(図1)ついに発売され、ロシアを席巻しかねない『ドラゴンボール』。そういえばこのブログ写真入れるのはじめてだ。

(図2)考証の細かい『デスノート』。デジカメで撮ったので見づらい。

COMIX-ART社ホームページ: http://www.comix-art.ru/