21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

四十男、同世代作家を読む(2)米澤穂信

 四十代前後の人気作家をそれぞれ五冊くらいずつ読んで、自分の見てきた時代とどのように重なっているのか、あるいは重なっていないのか、を確かめるつもりで始めた。だから、二、三か月に一人くらい書けるのではないかと思っていたが、読みはじめるとそれほど簡単でもない。やはり、同じ年月を自覚的な作家として生きてきた人と、ぼーっと生きてきた私では、密度が全くもってちがう。前回の塩田武士さんから八か月経ってしまった。

 さて、二回目はミステリー作家米澤穂信を取り上げる。ほぼ作家一本で四十年を生きてきた人だ。この出版不況の折、生半可に社会人経験があるよりも、ずっと現実に対する熱量を感じる。例えば、『満願』に収録されている「万灯」を読んでほしい。駐在員経験者として、これほど身につまされた駐在員文学は他にない。

 現実に対する距離感、というのがこの作家の一つのテーマではないかと思う。その試みの一つとして、「現実感覚のある名探偵」を描こうとしているのではないか。ブラウン神父の「狂人とは理性を失ったものではなく、理性以外の全てを失ったものである」というのは犯人について語ったものだが、シャーロック・ホームズをはじめとして、多くの名探偵にも当てはまる言葉である。そうしてみると、大刀洗万智や「小市民」シリーズの主人公たちというのは、「理性以外の全て」を大切にしている探偵ということができそうだ。

 ただ、現時点でその試みが完成しているとは言い難いだろう。神の視点に近い直感のひらめきを持つ探偵が、水平の視点も持っていると、読者からすればむしろ厭味に見え、下手するとネタバレでないことまでネタバレに見えているのが現状だ。今後、どのように米澤穂信が探偵像を作っていくのか、引き続き読み続けたい。

 

『満願』★★★★★(新潮文庫

 15年版「このミス」一位。警察小説、パズラー、サイコホラー、都市伝説、古典文学風の作品をパロディ的に書いたようにも見えるが、どれもが必読レベルの名作。加えて大傑作「万灯」が収録されており、何回でも読める。

『折れた竜骨』★★★★(創元推理文庫

 中世ヨーロッパを舞台にした、剣と魔法のミステリ。この設えもパロディ風だが、一大叙事詩にしてもいいくらい世界観とキャラクターが作りこまれている。

インシテミル』★★★★(文春文庫)

 「そして誰もいなくなった」設定のデス・ゲームもの。世に溢れる凡百のデス・ゲームとは異なり、過去の名作への目配せ含め、すごく丁寧な作り。

『王とサーカス』★★★☆(創元推理文庫

 16年版「このミス」一位。だが『満願』と比べると相当落ちる。ネパールで実際に起きた王族」殺害事件をモデルに、巻きこまれた太刀洗万智がジャーナリストとしての存在意義を問われる、という話だが、話が全体に巻き気味で読んでいてポカンとする部分も。

『秋季限定栗きんとん事件』★★★(創元推理文庫

『真実の10メートル手前』★★☆(創元推理文庫