21世紀文学研究所

1サラリーマンの読書日記です。

ロシア文学マストリード100を作る(第一回)

 四十を過ぎて、とは毎回のように書いているけれど、実際のところ、加齢によってものの考え方というのは変わるものだ。

 学生の時はロシア文学の研究者を志していた。勉強が足りなくてなれなかったが、それだけではなく作品や社会、そして人間に対する視野もせまかったように思う。

 社会人を十五年やった。いまの目線でロシア文学を読み直してみたら、どのように映るだろうか? また、ミステリとか時代小説とか、世の中に「マストリード」は溢れているように見えるけれど、こんなニッチなジャンルについて作成している人はいない。なので、中年の集大成として、ロシア文学のマストリードを作ることにした。

 世には疫病が流行っていて、リーマンである私の関心も財政・経済政策にすっかり向いている上、スーザン・ソンタグとか読みはじめてしまったが、月一回をめどに更新したいと思う。

 現時点で、読んだ作品は三作。

 

レフ・トルストイ戦争と平和』(工藤精一郎訳、新潮文庫

フョードル・ドストエフスキー『白夜・おかしな人間の夢』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫

アントン・チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』(神西清訳、岩波文庫

 

 ともかく『戦争と平和』のおもしろさに圧倒された。別の項で書いたが社交界でのかけひきの緻密さとサスペンス、場面の切り出し方、キャラクターの立て方など小説の見本、とも言うべき作品である。深掘りする時間がなくて、感想を書けていないが、戦場小説の典型としても分析すべき点は多そうだ。トルストイ御大が運命論をぶちかまし、登場人物の粛清をはじめる後半はだいぶきつくなるが、それでも十分に面白い。

 「おかしな人間の夢」は私の修論の中核をなした作品である。『地下室の手記』に言う、「すべての意識は病である」の病とは、楽園を追放された際の原罪だ、というのが論文の骨子だが、その根拠としてこの作品を挙げた。読み返してみて連想したのは、『最強伝説黒沢』の「感動などない」と、『幼女戦記』の存在Xと、伊藤計劃の『ハーモニー』を合わせたような話だな、ということだった。

 チェーホフは街の描写が素晴らしかったがちょっと読みこみ不足なので、別の訳でもう一度読んでみよう。

 

ミステリをたくさん読む(20年3月)

 世の中たいへんなことになっており、仕事もほぼテレワーク。むろん感染も恐ろしいのですが、魔女狩り的な状況も見えてきており、メタファーとしての病についても再考すべき時期かも知れません。これまでに読んだミステリ作品の中では、『鏡は横にひび割れて』がすごく示唆的。ソンダグでも読んでみようかな。

 この企画的には、当初の目標であった100冊を達成しました。これで「ベスト10」くらいについては語ってもいいと思うので、また落ち着いたらその10作が「なぜ好きか」を書きます。

 

コナン・ドイルシャーロック・ホームズの冒険』(日暮雅通訳、光文社文庫)★★★★★

仁木悦子『冷えきった街』(講談社文庫)★★★★★

P.D.ジェイムズ『女には向かない職業』(ハヤカワ文庫)★★★★★

結城昌治『刑事』(集英社文庫)★★★★★

藤野可織ピエタとトランジ』(講談社)★★★★☆

小泉喜美子『弁護側の証人」★★★★☆

ダン・ブラウンダヴィンチ・コード』★★★★

貫井徳郎『愚行録』★★★☆

結城昌治『死の報酬』★★★

若竹七海『暗い越流』★★☆

 

 100冊目に大本命としてホームズ読んだのだが、素晴らしい作品は本当に素晴らしいものの、短篇集だけにハズレもないでもない。「オレンジの種」とか雰囲気だけでなんとかしている感が目立ってしまった。今回、気づいたのはホームズやワトソンの仕草で見せる作品だということ。指先をこすり合わせたり、目を閉じたり、ホームズは結構忙しない。富野由悠季の映像論の本で、会話のシーンが止まって見えないように人物にまばたきをさせる、というのを思い出した。

 昭和ハードボイルドを読もう、という決意のもと、仁木悦子結城昌治をまとめ読み。『冷えきった街』や『刑事』など実に味のある作品が発掘できた。ハードボイルドにおいて、探偵の「過去」が問題になるのは日本独特の現象なのか考察したいのだが、今のところ結城昌治はそうでもなかった。

 P.D.ジェイムズコーデリアは葉村晶につながる存在として読んだのだが、ルーキー感があって、初期の葉村よりも良かった。皮膚の下の頭蓋骨も読もう。

 藤野可織ピエタとトランジ』はミステリというのは無理があるのだが、ミステリをパロディにしたエンターテイメントとして名作。ある意味、感染ものでもある。

 『ダヴィンチ・コード』も読んでおかねば、と思って読んだ。面白いけど登場人物少な過ぎでしょ、と思ったが、売れるにはこれくらいが正しいのかなあ。

 

(星5)『不夜城シャーロック・ホームズの冒険長いお別れ』『さらば愛しき女よ』『錆びた滑車』『OUT』『マルタの鷹』『高い窓』『満願』『鏡は横にひび割れて』『冷えきった街』『屍人荘の殺人』『おかしなことを聞くね』『女には向かない職業』乱れからくり』『静かな炎天』『ゼロ時間へ』『杉の柩』『百舌の叫ぶ夜』『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』『刑事』(結城)(星4.5)ピエタとトランジ』『リトル・シスター』『五匹の子豚』『ブラック・ダリア』『さらば長き眠り』『さよならの手口』『ブラウン神父の童心』『悪いうさぎ』『孤狼の血『弁護側の証人』『斜め屋敷の犯罪』『りら荘事件』『ノックス・マシン』『オーダーメイド殺人クラブ』『さむけ』(星4)『僧正殺人事件』『獄門島』『戦場のコックたち』『ミレニアム1』『依頼人は死んだ』『神様ゲーム』『スタイルズ荘の怪事件』『なめくじに聞いてみろ』『殺戮にいたる病』『新宿鮫Ⅹ 絆回廊』ダヴィンチ・コード『白い雌ライオン』『赤い収穫』『ビッグ・ノーウェア』『刑事マルティン・ペック 笑う警官』『プレゼント』『アリス殺し』『天使のナイフ』『折れた竜骨』『幻の女』(香納)『バッド・カンパニー』『マネーロンダリング』『鍵のない夢を見る』『ポケットにライ麦を』『果てしなき渇き』『ボーン・コレクター』『生ける屍の死』『ドS刑事 風が吹けば桶屋が儲かる殺人事件』『檻』『古書店アゼリアの死体』『ビブリア古書店の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち』(星3.5)『十角館の殺人』『不穏な眠り』『緑衣の女』『占星術殺人事件』『ローズガーデン』『Aではない君と』『愚か者死すべし』『11/22/63』『笑う男』『プレイバック』『教場2』『その可能性はすでに考えた』『クビキリサイクル』『LAコンフィデンシャル』『首無しの如き祟るもの』『生首に聞いてみろ』『メーラーデーモンの戦慄』『愚行録』(星3)『死の報酬』『秋季限定栗きんとん事件』『四日間の奇蹟』『人間の顔は食べづらい』『八月の降霊会』『暗幕のゲルニカ』(星2.5)『ミレニアム2』『弔鐘はるかなり』『真実の10メートル手前』『暗い越流』『ヴィラ・マグノリアの殺人』(星1)『一千兆円の身代金』

ミステリをたくさん読む(20年2月)

 世は新型コロナウィルスによるパンデミック。私の会社も在宅勤務推奨となった。昔なら気にしなかったが、子を持つ親となって感染には人一倍気を遣う。

 外に出ないので、本だけは読めている。ロシア文学の読み直しも始めたが、ミステリについては五冊。昭和ハードボイルドフェア開催中。

 

泡坂妻夫『乱れからくり』(角川文庫)★★★★★

柚月裕子孤狼の血』(角川文庫)★★★★☆

香納諒一『幻の女』(角川文庫)★★★★

アガサ・クリスティー『ポケットにライ麦を』(宇野利泰訳、クリスティー文庫)★★★★

北方謙三『弔鐘はるかなり』(集英社文庫)★★☆

 

 『乱れからくり』は衒学的なからくり細工の薀蓄と、擬似ハードボイルド的な主人公が合間って好きなタイプの作品。平成末期の作品なのに、昭和63年の広島で「県警対組織暴力」を再現するという、擬似昭和ハードボイルドな『孤狼の血』は雰囲気だけで満点、だけれどもアル・パチーノの顔がチラついて0.5点減点。『幻の女』は捜査のリアルさだけ取れば満点なのだが、昔の不倫相手の過去を追う、という甘ったるい感じが好きになりきれなかったのと、あとどうにも長いので。

 ミス・マープルの有名作品も良かったのだが、登場人物の行動に腑に落ちない部分があるのが、このシリーズらしくないかも。北方謙三のデヴュー作は暴力シーンが多すぎて疲れた。

 

(星5)『不夜城長いお別れ』『さらば愛しき女よ』『錆びた滑車』『OUT』『マルタの鷹』『高い窓』『満願』『鏡は横にひび割れて』『屍人荘の殺人』『おかしなことを聞くね』『乱れからくり』『静かな炎天』『ゼロ時間へ』『杉の柩』『百舌の叫ぶ夜』『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』(星4.5)『リトル・シスター』『五匹の子豚』『ブラック・ダリア』『さらば長き眠り』『さよならの手口』『ブラウン神父の童心』『悪いうさぎ』孤狼の血『斜め屋敷の犯罪』『りら荘事件』『ノックス・マシン』『オーダーメイド殺人クラブ』『さむけ』(星4)『僧正殺人事件』『獄門島』『戦場のコックたち』『ミレニアム1』『依頼人は死んだ』『神様ゲーム』『スタイルズ荘の怪事件』『なめくじに聞いてみろ』『殺戮にいたる病』『新宿鮫Ⅹ 絆回廊』『白い雌ライオン』『赤い収穫』『ビッグ・ノーウェア』『刑事マルティン・ペック 笑う警官』『プレゼント』『アリス殺し』『天使のナイフ』『折れた竜骨』『幻の女』(香納)バッド・カンパニー』『マネーロンダリング』『鍵のない夢を見る』『ポケットにライ麦を』果てしなき渇き』『ボーン・コレクター』『生ける屍の死』『ドS刑事 風が吹けば桶屋が儲かる殺人事件』『檻』『古書店アゼリアの死体』『ビブリア古書店の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち』(星3.5)『十角館の殺人』『不穏な眠り』『緑衣の女』『占星術殺人事件』『ローズガーデン』『Aではない君と』『愚か者死すべし』『11/22/63』『笑う男』『プレイバック』『教場2』『その可能性はすでに考えた』『クビキリサイクル』『LAコンフィデンシャル』『首無しの如き祟るもの』『生首に聞いてみろ』『メーラーデーモンの戦慄』(星3)『秋季限定栗きんとん事件』『四日間の奇蹟』『人間の顔は食べづらい』『八月の降霊会』『暗幕のゲルニカ』(星2.5)『ミレニアム2』『弔鐘はるかなり』『真実の10メートル手前』『ヴィラ・マグノリアの殺人』(星1)『一千兆円の身代金』

L.トルストイ『戦争と平和』第一巻第一部

 『戦争と平和』を読みかえしている。

 そう言うと、幾度も読んでいるようだが、実は高校生の頃に読んで以来の二度目だ。『アンナ・カレーニナ』は数回は読みかえしたのに、ずいぶんバランスの悪い話ではある。理由はいくつかあるだろうが、単純に登場人物とプロットが入り組んでいて、高校生の自分が話に入りこめなかったこと、そして、中心的なペルソナであるピエールやアンドレイ公爵に感情移入できなかったこと、を否定はできない。

 プロットが理解できなかったのなら何度か読みかえしてみるべきだ。それだけで小説の解像度はぐっと上がり、気づかなかった魅力に気づくことがある。40を過ぎて当たり前のことに気づくようになった。そんなわけで、20年越しの課題として、複数の翻訳を参照しながら、この本をじっくり読みかえしてみたい。

 翻訳は新潮文庫の工藤精一郎訳と、岩波文庫の藤沼貴訳を参照した。光文社古典新訳文庫も電子版が早くに出るようなら見てみようと思う。

 第一巻第一部は25の節から形成されるが、大きくは3つの場面に分けてよい。一つ目はペテルブルク女官のアンナ・シェーレルの夜会(1〜6)、二つ目がモスクワのロストフ伯爵家の名の日の祝い(7〜21)、三つ目がボルコンスキイ公爵家の領地「禿山」での、アンドレイ公爵の出征の場面(22〜25)だ。

 「平和」パートの章だが、キャラクターとプロットはドラマチックに絡み合っている。とくに瀕死のべズーホフ老伯爵の遺産を巡る対決がスリリングだ。

 エカチェリーナ2世時代の重臣にして、プレイボーイであったべズーホフ伯爵には嫡出子がいない。一方、20人はくだらないと言われる私生児の一人が、パリ遊学帰りの主人公、ピエールである。冒頭のシェーレル家の夜会は、ピエールの社交界デヴューの日。夜会にはもう一人の主人公アンドレイ・ボルコンスキイ公爵夫妻のほか、顕官ワシーリイ・クラーギン公爵と子供たちが登場するが、思いのほか重要なのが、アンナ・ミハイロヴナ・ドルベツカヤ公爵夫人でだろう。没落貴族として描かれるこの人、シェーレル家の夜会では、ちらっと登場してワシーリイ公爵に息子の地位を世話してくれるよう頼んでいるだけなのだが、舞台をモスクワに移すと、宮廷政治家のワシーリイを向こうに回して大活躍するのだ。世間知らずのピエールをなし崩し的に味方に取りこむに止まらず、老伯爵に耳打ちして、相続権を狙っていたクラーギン家の三姉妹(ワシーリイの従姉妹)の評判を落としめ、遺言を書き換えさせたと思しい。一方で、息子のボリスの方は、ワシーリイ公爵の口利きで有利な地位についているのだから、公爵もいい面の皮だ。伯爵の死の場面の土壇場で、遺言を書き換えさせようと焦るクラーギン家の長女と対決する姿には、清々しさすら感じられるだろう。あまつさえ、ボリスの支度金は、同時進行の泣き落としで旧友のロストフ伯爵夫人からせしめている。このように、彼女を中心に展開される社交界のかけひきが、ひとつの読みどころ。

 権謀術数のこのプロットが流れる中、「社交界などに意味を見出さぬ」と意識高い系を気取っているのがアンドレイ公爵である。イケメンの彼はニート気質のピエールにも影響力を持っているが、二人と社交界のその他大勢を区別するのは、とどのつまりナポレオンという存在を認めるか認めないかという一点だ。アンドレイに思想はない。早く戦場に出てナポレオンのように活躍したい、とぼんやり考えているだけで、「結婚すると男は不自由になる」とか言っている若干、痛い人でもある。ピエールはこの友人に感化されるのだが、一方で悪い仲間との遊び(博打や娼館通い)も止められない、あまつさえ酔って警察署長を熊にくくりつけて川に流し、モスクワに追放される、という、すごくダメな人として描かれている。

 ピエールが魅力的なのは、アンナ・ミハイロヴナに翻弄されて、父親の遺産争いに巻きこまれても、一切の欲を見せないところだろう。クラーギン家の三姉妹は、遺産争いのライバルになる可能性がある彼をいじめているのだが、それも恨みに思うでもない。(まあ、モスクワに追放された背景を考えるとしょうがないかも知れないが)。

 この二人を第二軸とすると、三つ目の軸は歳若いロストフ家のニコライ、ナターシャ、ペーチャの兄妹と、その相手役のソーニャ、ボリス(・ドルベツコイ)の恋愛模様である。温室でキスをする場面はなかなかに印象的だが、一筋縄ではいかないことに、割とこの恋愛うまくいかない。

 キャラクターが多いので戸惑ってしまうが、配置がわかるとこの導入部分はすごく緻密に組み立てられている。人物たちの経済状況や家庭背景はもちろん、背丈や身だしなみまで精密に設定されていることがよく分かる。何回読んでもよい導入である。

ミステリをたくさん読む(20年1月)

 今年こそはロシア文学を読み直す年にしよう、と思って『戦争と平和』を読みはじめた。第二巻、フリーメーソンに入ったピエールが農奴解放を思い立ち、ウクライナの自領における待遇改善を支配人に求める。しばらくして視察に行ったピエールは、学校や井戸が作られて喜んでいる領民の姿を目にするのだが、実際に改善されたのは表面だけで、支配人は莫大な使途不明金を着服していた・・・と、いうくだりを読んで、自分の人間観って、この小説を初めて読んだ高校生の頃にはもう形成されていたのかな、と思った一月。ミステリは冬休みもあり7冊。

 

アガサ・クリスティー『鏡は横にひび割れて』(橋本福夫訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

ローレンス・ブロック『おかしなことを聞くね』(田口俊樹他訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

アガサ・クリスティー『ゼロ時間へ』(三川基好訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

我孫子武丸『殺戮にいたる病』(講談社文庫)★★★★

若竹七海『プレゼント』(中公文庫)★★★★

綾辻行人十角館の殺人』(講談社文庫)★★★☆

島田荘司占星術殺人事件』(講談社文庫)★★★☆

 

『鏡は横にひび割れて』は小説としてのバランスというか、素晴らしい映画を見たような感覚。世代間の違和感に惑うミス・マープルが「グラン・トリノ」のイーストウッドのようでもあり、メロドラマではあるのだけれど切ないストーリーラインが素晴らしい大傑作。『ゼロ時間へ』は犯行時間に向けて物語が動いていく、という斬新な取り組み・・・が、うまく行っているかは別として、登場人物の中でサイコパスは誰か当てる、という意味で、とても現代的な楽しみ方ができる作品だった。

『おかしなことを聞くね』は遠い昔、死んだ母が絶賛していたような気がする一作。電子で買えるようになり、読んでみたが、これは素晴らしい。物語の中盤くらいから、狂気の世界に足を踏み入れたことがわかるのだが、そこから抜けられない恐怖が斬新な短篇集。

 劇的などんでん返しがある『殺戮にいたる病』が4点は評価辛いかな、と思いつつも、読んでいる間はそれほど楽しくないので。シシドカフカさんのドラマがついに始まった葉村シリーズ第一作『プレゼント』は、悪意の塊の中で、自分の正義を貫く探偵像がすでに確立されていて素晴らしいのですが、ローレンス・ブロックと比べてしまうとクレイジーさで負ける。

 日本本格ミステリを代表する二作、『十角館の殺人』『占星術殺人事件』は、それぞれ発想の素晴らしさには感動するのですが、やっぱり小説としてもっと面白くしようがあるだろう、と。特に『占星術』は凄すぎるトリックと、金田一の方が面白いようなまずい話作りがあまりにアンバランスでした。こんなネタあれば自分ならもっと面白く書く、という気にさせられてしまうので、そりゃ真似したくなるよね、と。

 

(星5)『不夜城長いお別れ』『さらば愛しき女よ』『錆びた滑車』『OUT』『マルタの鷹』『高い窓』『満願』『鏡は横にひび割れて』『屍人荘の殺人』『おかしなことを聞くね』『静かな炎天』『ゼロ時間へ』『杉の柩』『百舌の叫ぶ夜』『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』(星4.5)『リトル・シスター』『五匹の子豚』『ブラック・ダリア』『さらば長き眠り』『さよならの手口』『ブラウン神父の童心』『悪いうさぎ』『斜め屋敷の犯罪』『りら荘事件』『ノックス・マシン』『オーダーメイド殺人クラブ』『さむけ』(星4)『僧正殺人事件』『獄門島』『戦場のコックたち』『ミレニアム1』『依頼人は死んだ』『神様ゲーム』『スタイルズ荘の怪事件』『なめくじに聞いてみろ』『殺戮にいたる病』新宿鮫Ⅹ 絆回廊』『白い雌ライオン』『赤い収穫』『ビッグ・ノーウェア』『刑事マルティン・ペック 笑う警官』『プレゼント』『アリス殺し』『天使のナイフ』『折れた竜骨』『バッド・カンパニー』『マネーロンダリング』『鍵のない夢を見る』『果てしなき渇き』『ボーン・コレクター』『生ける屍の死』『ドS刑事 風が吹けば桶屋が儲かる殺人事件』『檻』『古書店アゼリアの死体』『ビブリア古書店の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち』(星3.5)十角館の殺人『不穏な眠り』『緑衣の女』占星術殺人事件『ローズガーデン』『Aではない君と』『愚か者死すべし』『11/22/63』『笑う男』『プレイバック』『教場2』『その可能性はすでに考えた』『クビキリサイクル』『LAコンフィデンシャル』『首無しの如き祟るもの』『生首に聞いてみろ』『メーラーデーモンの戦慄』(星3)『秋季限定栗きんとん事件』『四日間の奇蹟』『人間の顔は食べづらい』『八月の降霊会』『暗幕のゲルニカ』(星2.5)『ミレニアム2』『真実の10メートル手前』『ヴィラ・マグノリアの殺人』(星1)『一千兆円の身代金』

ミステリをたくさん読む(12月)

 なんかこの企画、無事一年続いた。発見もあったし、本格ミステリの面白さにも目覚めたので、来年も微妙に続けていこうと思う。ただ、来年はこの五段階評価を「ロシア文学」でもやってみようと思っているので、どうなりますやら。

 ところで、年末にランキングを見直してみて、最初の方に読んだ本の評価が辛いのではないか、と思えてきた。脳内会議の結果、『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』の四作を5点に、『さむけ』を4.5点にランクアップしようと思う。あと、『赤い収穫』がランクから漏れていた。

 さて、12月は9冊。けっこう読んだな。

 

レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(清水俊二訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

アガサ・クリスティー『杉の柩』(恩地三保子訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

逢坂剛『百舌の叫ぶ夜』(集英社文庫)★★★★★

島田荘司『斜め屋敷の犯罪』(講談社文庫)★★★★☆

S.S.ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』(日暮雅通訳、創元推理文庫)★★★★

都筑道夫『なめくじに聞いてみろ』(講談社文庫)★★★★

若竹七海『不穏な眠り』(文春文庫)★★★☆

ヘニング・マンケル『笑う男』(柳沢由美子訳、創元推理文庫)★★★☆

法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(角川文庫)★★★☆

 

 満を辞しての『長いお別れ』。総合1位にする気マンマンで、導入のテリー・レノックスの登場の見事さにもしびれながら読んでいたのだが、案外中盤のアラが目立ったので2位に。チャンドラーの女性描写がショボいのは、萌えキャラとして書いているから、という持論をここでも何回か展開したが、この作品に出てくる三人は萌えキャラとしても成立してないただのステレオタイプでは?と思えてきてしまった。ただ、欠点はマーロウとテリーの絡みですべて打ち消せる力のある小説。

 『杉の柩』はプロットにそんなに感動したわけではないのだけれど、ポアロの「嘘というものは、聴く耳を持つものにとっては、真実同様の価値があるのです」という一言で、登場人物の証言が彩りを持つところが好き。『百舌の叫ぶ夜』もプロット的にはベッタベタなのだが、公安、謀略、復讐というゾクゾクの要素をハイスピードでぶつけられて降参した感じ。

 『斜め屋敷の犯罪』は絵があんまり素敵で、ほとんど笑えるくらいだったのと、最後の動機パートが、完全に付け足しなのに、共感できてしまった。ザ・古典の『僧正殺人事件』は1920年代ニューヨークの雰囲気と、衒学的な語りには酔えるんですが、若干話が退屈かも。

 父親が残した12人の殺し屋を次々に始末していく、というマンガっぽい設定の『なめくじに聞いてみろ』は面白かったのだが、言葉がちょっと大時代すぎるのと、戦闘シーンの描写がイマイチ。

 葉村晶ものの新作として期待して読んだ『不穏な眠り』は正直イマイチだったかも。シシドカフカ主演でドラマ化されるそうですが、私の葉村さんのイメージは「マンハッタンラブストーリー」の小泉今日子だったんだけれど。クルト・ヴァランダーもの第四作『笑う男』は、完全に『新宿鮫Ⅲ』だった。

 「なめくじ」読んだので、『生首に聞いてみろ』も読んだのだが、こちらも多少退屈だった。

 

(星5)『不夜城『長いお別れ』さらば愛しき女よ』『錆びた滑車』『OUT』『マルタの鷹』『高い窓』『満願』『屍人荘の殺人』『静かな炎天』『杉の柩』『百舌の叫ぶ夜』『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』(星4.5)『リトル・シスター』『五匹の子豚』『ブラック・ダリア』『さらば長き眠り』『さよならの手口』『ブラウン神父の童心』『悪いうさぎ』『斜め屋敷の犯罪』『りら荘事件』『ノックス・マシン』『オーダーメイド殺人クラブ』『さむけ』(星4)『僧正殺人事件』『獄門島』『戦場のコックたち』『ミレニアム1』『依頼人は死んだ』『神様ゲーム』『スタイルズ荘の怪事件』『なめくじに聞いてみろ』新宿鮫Ⅹ 絆回廊』『白い雌ライオン』『赤い収穫』『ビッグ・ノーウェア』『刑事マルティン・ペック 笑う警官』『アリス殺し』『天使のナイフ』『折れた竜骨』『バッド・カンパニー』『マネーロンダリング』『鍵のない夢を見る』『果てしなき渇き』『ボーン・コレクター』『生ける屍の死』『ドS刑事 風が吹けば桶屋が儲かる殺人事件』『檻』『古書店アゼリアの死体』『ビブリア古書店の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち』(星3.5)『不穏な眠り』『緑衣の女』『ローズガーデン』『Aではない君と』『愚か者死すべし』『11/22/63』『笑う男』『プレイバック』『教場2』『その可能性はすでに考えた』『クビキリサイクル』『LAコンフィデンシャル』『首無しの如き祟るもの』『生首に聞いてみろ』メーラーデーモンの戦慄』(星3)『秋季限定栗きんとん事件』『四日間の奇蹟』『人間の顔は食べづらい』『八月の降霊会』『暗幕のゲルニカ』(星2.5)『ミレニアム2』『真実の10メートル手前』『ヴィラ・マグノリアの殺人』(星1)『一千兆円の身代金』

ミステリをたくさん読む(11月)

 我が家にも良いニュースがあって、初めての娘が生まれた。可愛くてしかたない訳で、世話をしていると本とか読めないかと思っていたが、案外、通勤時間とかでなんとかなるものだった。まあ、スキマ時間にできるのが読書ぐらいになった、とも言えるが。。。

 今月は8冊+再読が2冊。本格ミステリ読み始めたら結構ハマってしまった。

 ハードボイルドのプロットについて考えようと思い、『さらば愛しき女よ』を村上訳、清水訳で読み比べ。チャンドラーの村上春樹訳は問答無用で歓迎する派なのだが、清水訳を読み返してみるとこちらの方が簡潔でいい感じ。ただ、そもそもチャンドラーはウエットさが魅力だと思っているので、春樹訳のウエットさも魅力を失わない。

 さて、肝腎のプロットはといえば、これがまたウエットで良い。あからさまに謎のある女に、萌え要員まで投入し、最後はマーロウが一人でカジノ船に乗り込むというド王道の素晴らしさ。これをやって品位が落ちないのがチャンドラーの凄さだと思う。

 ハードボイルドつながりでは、若竹七海『静かな炎天』を再読したのだが、巻き込まれ感が命の作品集だけに、初読時ほどは楽しめなかった。

 さて、本格ミステリ系を5つ。どっちかというとリアリティ重視派なので、これまで好んでは読んでこなかったし、連続殺人で探偵役以外ほとんど死ぬようなものより、一人二人だけ死ぬものの方が綺麗にまとまっていると思っていたが、やっぱりたくさん殺すにはそれだけ作り手側の労力がかかるわけで、その意味で『屍人荘の殺人』『りら荘事件』は鮮やかだった。とくに前者は本当に丁寧かつ親切仕様な作りに感動。『獄門島』もトリックは美しいのですが、横溝正史の楽しみ方がまだよく分かっていないようで、前二者の方が好きだった。

 殺す数で言えば圧倒的だったのが『ドS刑事』で、後半若干苦しくなったものの、次から次へ殺されていくサスペンス感が圧倒的だった。変にキャラミスにしなければもっと好きだったのに、という感じ。一方、キャラミスとしての完成度は比べ物にならないほど高かったが、「殺人の数を減らして完成度上げてない?」という疑問を持ってしまったのが『クビキリサイクル』。ただ、同世代の人が二十歳の時に書いたデヴュー作と思うと十分すごいけど。

 中二病の時に好きだった『新宿鮫 絆回廊』。ストーリー自体はシリーズの中でもそれほどイケてるとは思わなかったが、思えば謎のある外国人と、鮫島の視点が交互に登場しながら、最後に交錯する、というプロットはヘニング・マンケルと大沢在昌の発明かも。いまだにこの語り口は好き。

 北欧ミステリでアイスランドの『緑衣の女』。雰囲気は抜群だし、ぐいぐい引き込む語り口だったのだが、当て馬の当て馬感がひどかったので。

 

レイモンド・チャンドラーさらば愛しき女よ/さよなら、愛しい人』(清水俊二/村上春樹訳、ハヤカワ文庫)★★★★★

今村昌弘『屍人荘の殺人』(創元推理文庫)★★★★★

鮎川哲也『りら荘事件』(講談社文庫)★★★★☆

横溝正史『獄門島』(角川文庫)★★★★

大沢在昌新宿鮫Ⅹ 絆回廊』★★★★

七尾与史『ドS刑事 風吹けば桶屋が儲かる殺人事件』★★★★

アーデュナル・インドリダソン『緑衣の女』★★★☆

西尾維新クビキリサイクル』★★★☆

 

(星5)不夜城』『さらば愛しき女よ『錆びた滑車』『OUT』マルタの鷹』『高い窓』『満願』『屍人荘の殺人』『静かな炎天』(星4.5)『カーテン』『春にして君を離れ』『涙香迷宮』『私が殺した少女』『リトル・シスター』『五匹の子豚』『ブラック・ダリア』『さらば長き眠り』『さよならの手口』『ブラウン神父の童心』『悪いうさぎ』『りら荘事件』『ノックス・マシン』『オーダーメイド殺人クラブ』(星4)『さむけ』『獄門島『戦場のコックたち』『ミレニアム1』『依頼人は死んだ』『神様ゲーム』『スタイルズ荘の怪事件』新宿鮫Ⅹ 絆回廊』『白い雌ライオン』『ビッグ・ノーウェア』『刑事マルティン・ペック 笑う警官』『アリス殺し』『天使のナイフ』『折れた竜骨』『バッド・カンパニー』『マネーロンダリング』『鍵のない夢を見る』『果てしなき渇き』『ボーン・コレクター』『生ける屍の死』『ドS刑事 風が吹けば桶屋が儲かる殺人事件』『檻』『古書店アゼリアの死体』『ビブリア古書店の事件手帖 栞子さんと奇妙な客人たち』(星3.5)『緑衣の女』『ローズガーデン』『Aではない君と』『愚か者死すべし』『11/22/63』『プレイバック』『教場2』『その可能性はすでに考えた』クビキリサイクルLAコンフィデンシャル』『首無しの如き祟るもの』『メーラーデーモンの戦慄』(星3)『秋季限定栗きんとん事件』『四日間の奇蹟』『人間の顔は食べづらい』『八月の降霊会』『暗幕のゲルニカ』(星2.5)『ミレニアム2』『真実の10メートル手前』『ヴィラ・マグノリアの殺人』(星1)『一千兆円の身代金』